「卒業おめでとう。」

桜もまだ咲いていない少し肌寒い三月。オレが今いる校舎裏の桜もまだ蕾のままだ。風は冷たく、春は程遠い。

「ありがとう。ニーナも進級おめでとう!」

そして目の前にいる女の子は一つ年上の先輩でオレの好きな女の子。胸元にはピンク色の花のバッチを付けている。そう、今日は卒業式。勿論オレは送る側の立場だ。

アンタと出会って二年が経つけれど、この二年間オレはアンタ一色だった。
駅前でたまたま声を掛けた女の子が、オレの中でこんなに大きくなるなんて。イベント事はいつもアンタを誘い出してたっけ。

だけど、去年も今年もアンタの手作りチョコレートを貰うことはなかった。いつも小さな箱に入ったいわゆる義理チョコ。それでもオレは嬉しかった。食べるのが勿体なくて未だに部屋の机の中にあるって言ったら怒られるかもしれないけれど、オレにはそのくらい価値のあるチョコレートだったんだ。

だから、何か特別なものが欲しくなった。オレだけが貰える特別なもの。

「…ねぇ!アンタのボタンちょうだい。」

「ボタン?…わたし女の子だよ?」

「先輩からボタンを貰うことに男も女も関係ないよ。」

呆れた様に笑うその顔もすっげー好き。
もうアンタと学校で会えないと思うと胸が締め付けられる。同じ制服を着て帰ることも明日からは出来ないんだ。鼻の奥がつんと痛くなった。

「はい。大切にしてね。」

ボタンを手渡された時に、アンタの指先がオレの掌に少しだけ触れた。たったそれだけなのに、触れた場所が熱くなる。
今、この手を握って学校を飛び出して、オレの気持ちを伝えたら…。

「……ありがとう。大切にする。」

受け取ったボタンをギュッと握りしめる。このボタンにアンタの3年分の思い出が詰まっていて、それをオレにくれたんだと少し誇らしく思えた。

「あのさ、オレ…アンタに伝えたいことが…。」

一世一代の告白をしようと決意をしたのにタイミングよくアンタの携帯のバイブ音が鳴る。ちょっと待って、と携帯を開いた瞬間、アンタの顔は恋する乙女って感じの表情になった。きっと、メールを送った人はオレの恋敵。それが誰だかわからないほどオレだって馬鹿じゃない。アンタのことはずっとずっと見てたから。

「ごめんニーナ。わたしそろそろ行かなきゃ。伝えたいことって何かな?」

パタンと携帯を閉じて、いつものアンタの表情に切り替わる。オレの気持ちを伝えたらアンタはどんな表情になるのかな。あんな風に幸せそうに笑ってくれるのかな。


「…オレもさ、アンタと同じ大学目指そうと思うんだ!ちょっとレベル高いけど、頑張ろうと思って。今日はそのやる気宣言ってやつ?」

「そうだったんだ。…うん。ニーナなら大丈夫!わたしが保障するよ。ニーナも居たら楽しくなりそうだね。」

いつもみたいにおどけてみたけれど、本当はこんなことを伝えたかったんじゃないんだ。アンタに伝えたかったのはたった一言。「好き」という言葉なのに。
怖い、という感情が邪魔をして声を出すことが出来ない。

「…じゃあわたし行くね。またね!ニーナ。大学で待ってるね!」

そういってニッコリ笑いながらアンタは小走りして別れを告げた。大きく手を降るアンタの姿がだんだん小さくなっていく。きっとアンタへの気持ちもこんな感じに小さくなるのかな。大人になるって多分こういうことかもしれない。

「…最後なのに。オレ馬鹿みたいだ……。」







先輩、初めて会った時から好きでした。

誰よりもアンタが好きで好きで好きで。好き過ぎて、この心地好い距離から一歩前に踏み出すことが出来なかった。臆病者でただただアンタを見ていることしか出来なかった。

いつか、このボタンを手放せるその時までアンタを好きでいさせて下さい。




伝えそびれた言葉をアンタの背中に送ったけれど、涙で歪んだ視界にはアンタの姿はもうそこにはなかった。






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季節外れなSS。

うちのニーナは多分一生片思い。←

(2011.4.6)

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