二人のヒメゴト



「――と、いうわけでね。本日はこのオムツを各自持って帰ってその中に排尿をして、レポートにまとめて来週提出して下さい」

ホワイトボードの前に立つ人のよさそうな穏和な雰囲気の講師が、ニッコリと微笑みながら紙オムツを顔の横に掲げる。

「…………え…」

前の席から回ってきたオムツ。
自分の分をおそるおそる机に置き、残りを後ろにそろりと回すと、後ろの席の人も、微妙な面持ちで苦笑っていた。



将来のために何か資格を取ろうと大学の合間に受けていたホームヘルパーの講習で、こんなすごい宿題が出るなんて思わなかった。

レポートを書くことには慣れているけど、そっ、その…オムツに排尿した後のレポートなんて経験ないし、そっ、そもそもオム…ツなんて赤ん坊の頃以来だから、うまく出来るものなのだろうか……。


「よ!猫背んなってんぞ!」

と、まだ講義が残っていたため大学を訪れていた僕に、後ろから明るい声がかかる。
思案からゆっくり意識を引き上げて振り向けば、最近僕によく話し掛けてくれるようになった元木春真くんの屈託のない笑顔が見えた。

「あ、…どうも、」
「なんかシケた面してんな〜?どった、なんかあった?」

そんなに仲が良いわけではないと思うけれど、春真くんは僕の変化によく気付いてこうして気にかけてくれる。

真っ直ぐな善意に触れる経験が稀有な僕は、こうやって下から顔を覗き込まれて「どうした?」なんて言われてしまうと、なんだか嘘をついたり隠し事をするのに後ろめたくなってしまって……

「あ、のね、実は……」

目下の悩みをとつとつと口にする僕を、春真くんはそうかそうかとにこやかに聞いてくれた。

「うーん。ま、ヤなことはさっさと終わらせんのが1番っしょ!今日水口んち行っていい?」

一通り話し終わって、顎を手で撫でながら一瞬考える素振りをした彼は、打って変わって興味津々といった顔で僕の肩に手を置いた。



二人のヒメゴト



「へ〜!ほぉ〜!」

春真くんが、ワンルームの僕の家で紙オムツをしげしげと眺めては目をキラつかせている。

えっと、部屋に呼ぶのも初めてなのにこんな…人懐っこい性格だからなのだろうか、春真くんは人の家だというのにリラックスした様子で、紙製パンツのゴムの部分を伸ばしたりして楽しんでいる。

「お、お茶どうぞ…」
「あ〜おかまいなく!サンキューな〜」

客用のマグカップなんて常備がないので、予備用に買っておいた湯呑みに煎茶をいれてテーブルに置く。

むしろ僕の方が、普段見慣れてる空間に他人が居ることの不自然さに落ち着かない。

正座した足をもごもごさせていると、

「じゃ早速やっちゃおーぜ!」

オムツを手にした春真くんが、ニコニコとこちらに寄ってきた。

「…?え」

悪気のなさそうな顔で穿いて?と言わんばかりの目を向けられた。

「穿くの?い、今?」
「もちろん」

ニ、と笑みを深くされる。
口をパクパクさせ断りの文句を巡らせてみたけど、結局うまい言葉が見当たらなくてぶんぶんと頭を振りながら身振り手振りで拒否を示すことしかできなかった。

「一人じゃ背中押してくれる奴いねーからなかなか終わんないぞ?」
「えと……でも…」

尚も首を縦に振れない僕と、引き下がってくれる様子のない春真くん。
静かな戦いは、春真くんの眩しいほどの笑みによって終息へと向かった。

「大丈夫、言い触らしたり絶対しないから!」

――つまり、根負けした僕が頷いてしまったというわけで。

冷や汗がじんわりと背中を濡らすのを感じていた。






「穿いた〜?」
「う、ん…けどなんか…ヘンな感じ」

トイレで着替えを済ませた僕は、とつとつと返事しながらドアを開けた。

「後ろ向いてみ?」
「うん…っひゃ!?」
「ひゃって!可愛いなーつかウケる」

後ろを向いた瞬間お尻を両手でわしづかみにされ、思わず出た反応にケラケラと笑われた。むぅ。ひどい。

「それにしてもジーパンすげぇもこっとしてんのな。オムツしてるって知ってるからかねー?」
「う…わ、わかんない…」

カーペットに座る春真くんの前で、一人いつまでも立ってることになんだか恥ずかしくなって、おずおずと自分もそこに腰をおろす。

春真くんはなにやら機嫌がよさそうだ。いつも笑顔のたえない明るい人ではあるけれど、今日は一段とテンションが高いような気がする。
……僕のことをこうしてからかって遊ぶのが楽しいんだろうな。きっと。

「おしっこは?出そうなん?」
「ん〜……出、なそう」
「えー」

僕の答えにわざとらしく拗ねたように唇を尖らせる。春真くんはテーブルに置いてある湯呑みを手に取って、僕に寄越してきた。

「ハイ飲んで!お茶ってたしか利尿効果あったよな?オレの分もぜーんぶ飲んで!ホラ!」

お茶のたんまり入った湯呑みをだらしなく開いていた口元にまで運ばれてしまい、拒否する間もなくそのまま口の中に流し込まれる。

「んっんっん"……ん!」
「まだ残ってんよ〜全部飲んで…ってなんかコレ変な気分になんな…はは」

他人の意思によって体内に水分が入り込むという現象は、思いの外対応に困るもので。
僕は噎せないようにするだけで精一杯で、春真くんが小さく発した言葉は上手く聞き取れなかった。

「んっ…ぱ……はっ、ごほ」
「大丈夫か?ゴメンゴメン」

空になった湯呑みがゆっくりテーブルに置かれる。
春真くんが優しく背中をさすってくれたから、器官に詰まりそうだった液体もすんなり体内へと吸収された。

「あ、りがと…も、大丈夫」
「そうか?」

へにゃりと笑うと、背中から手がそっと離される。
心配そうに瞳を揺らがせていた春真くんだったけど、僕と目が合うと黒目が一瞬膨張してすぐに逸らされてしまった。




それから数時間。
テーブルに残っていた自分のマグカップのお茶も言われるがままに全て飲み干し、春真くんの分の湯呑みに新しいお茶を注いで差し出せば、一口だけ飲んだあとまた無理矢理飲まされた。
さすがにちょっと…したくなってきたかも。

「あれ?もしかしておしっこしたくなってきてない?」
「え?」

普通にしていたはずなのに、何故だか春真くんはタイミング良くそう言って悪戯めいた笑みを浮かべる。

「なんかモジモジしてる。違う?」
「違…わない」

正直に告げれば、やっぱり!と嬉しそうに顔を綻ばせた春真くんが四つん這いで僕の隣ににじり寄ってきた。

「ね、ね、ほら、おしっこして?」
「い、いや…で、ないよ…」

(なんでそんなに楽しそうなのかわからないけど)やけに上機嫌な春真くんにふるふると首を振って下を向く。

「我慢はよくねぇよ?今しちゃえばレポート書けるし肩の荷降りるし一石二鳥じゃん!」

そう尤もらしく言われても、人が見てる前で、ましてやオムツの中に排泄なんて…出来るわけがない。

「じ、じゃ、トイレに…」

立ち上がろうとした僕の一手先を読んだらしい春真くんは素早くトイレの前に立ちはだかり、

「だめだって。ここで、オレの前で、して?」

今まで見たことのない黒い笑みを目の当たりにして、喉がキュル…と鳴った。










「み、見ないで…」
「えぇ?なぁんで。ダメ?」
「だ、だめ…」
「ふっは可愛い。ダメ。却下」

ベットサイドに背中を付けた状態で体育座りをする僕の真ん前に陣取った春真くんは、楽しそうに頭を揺らしている。

と、いうか。
もう本当に漏れてしまいそうで、きちんと喋る余裕もない。

「あんま我慢してっとよくねーよ?ほら、」

そんな僕を見兼ねてか、春真くんは僕の下腹部に手を当てて躊躇なく押してきた。

「っ!?ぁあっ…!」

咄嗟に下半身に力をいれて我慢したけど、もう一回押されでもしたら本当に出ちゃいそう。

「も…ほん…やめ……っ」
「出して?二人だけの秘密なんだから大丈夫だって」

すぐ近くに、春真くんの整った顔が見える。
諭すようにそう囁かれて、再度腹に置かれた手に力がこもった。

「押すよ?」
「え?やっ……〜ッ!!」



――ジョ………


「や……見…な…いで……」

一度出てしまえば、もう止められなかった。
静かな部屋に僕の排尿の音だけが響く。
止まることなく溢れ出てしまうソレは、穿いているオムツをたぷんたぷんに湿らせていく。

体内に溜まった毒素が排出される快感と、こんな恥ずかしい姿を見られてしまった羞恥心と、股間がしっとりと濡れている感触とでなんかもう頭の中が目茶苦茶だ。

両手で顔を隠したまま、今だチョロ…と出し終わらない尿の音に死にたくなっていると、突然両手首を掴まれて真っ赤な顔面が晒される。

「すげー顔赤い。恥ずかしいの?」
「あっ、当たり前だよ……」

搾り出すように答えて、ギュッと目を閉じる。もうこれ以上、春真くんと顔を合わせてることに耐えられない。

「なぁ、秘密を共有するのに一番有効的な方法、知ってるか?」
「…?」

すると春真くんは、そっと僕の耳に唇を寄せてそう零す。
おそるおそる片目を開けたその瞬間、顔に影がかかって…唇になにかが当たる感触がした。

「っ!?」
「ほーら、これで秘密は絶対に守られるだろ?」

息がかかる距離でそう言われ、あまりの事態を飲み込めずにほけっとする。だ、だって…、えっと、今、キス…き、キス?!

「…は、るまくん……」
「まだ心配か?んじゃもういっちょ」

手貸して?と言われ差し出した手をどこかへ誘われる。
手の平に触れた感触は硬くゴリゴリとしていて……

「っ!?」
「これで水口もオレの秘密、握ったっしょ?」

照れ臭そうに微笑む春真くんの目を、まともに見ていられなかった。



---fin---



―おもらし大学生―

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