ウエディングヒーロー



それは、去年卒業した大学の先輩の結婚式でのことだった。

このためだけに買った落ち着いた色のスーツを装備して、同じ大学の仲間と丸いテーブルを囲みながら、新郎新婦の幸せそうな笑顔を肴にメインデッシュの肉にぱくぱくかじりつく。

「や〜コレんめぇ!つか大輔先輩いいな、超リア充」

口の中でスッととろけていく上質な肉を味わい、口元をナプキンで拭いながら隣に座る宮嶋に何気ない言葉を飛ばす。

と、声をかけた先の人物の様子が明らかにおかしいことに気付いたのだ。

「…?どした、ミヤ」

宮嶋のあだ名を呼びながら顔を覗き込む。
ぱちり、と目が合った瞬間まるで『助けて』と言わんばかりの表情に変わるミヤに、ただ事ではない何かを察した俺はすぐに顔を近付け『どうした?』と再度低いトーンで聞いた。

「……い、言わない?」

ミヤの震える声に黙って頷く。

「ぜっ…絶対だぞ?誰にも言うなよ?」
「言わねーよ。どした」
「あ、あのさ……」

中々口を割らないミヤに少しイラッとして眉を寄せ、こっちに寄れとジェスチャーされるがままにわざわざ身を乗り出してやって、そうしてやっと小声で搾り出すように耳打ちされたその言葉は、



「も、漏らしちゃった…」


――なんつーかその、とんでもなかった。



ウエディングヒーロー



「オメデトーゴザイマス!」
「はは、ありがとう」

只今絶賛キャンドルサービス中だ。
お色直しを済ませターコイズブルーのドレスに身を包んだ綺麗な新婦と共に、俺らのテーブルのキャンドルに火を点けてくれた大輔先輩は、心底幸せそうに目尻を下げている。

俺は心ここに在らずだった。
隣に座ってカチコチに身動きひとつとらな…いや、とりたくてもとれない友人の安否が気になってしゃあないからだ。

「みんな畏まったりしないでガンガン食ってくれ!」

朗らかにそんな言葉を残し次のテーブルへと移る大輔先輩。その姿を和やかに見送ってから、視線をミヤの下半身へと向ける。

漏らしたつってたけど……床は濡れてなさそうだし、長いクロスがテーブルの下まで垂れ下がっているから、股間は見ようとしなければ見えない。太股にナプキンも敷いてるしな。

「おい…おい!」

キャンドルサービスの演出のため薄暗い照明になっている今が、抜け出すなら絶好のチャンスだろう。

俺は小声で必死にミヤに呼びかけ、やっとこさ顔を向けた彼に顎で出入り口を示す。

だが、

「………。」

俺のジェスチャーを理解したはずのミヤは、泣きそうな顔のまま俺を見つめてくるだけでその場を動こうとしない。
なんだ?もしかして立てねえのか?

「…ミヤ!行くぞ!」

しゃーねーな。
新郎新婦がちょうど後ろのテーブルにキャンドルの火を点しているのを見計らって、静かに席から立ち上がりミヤの腕を掴む。

「…えっ…わっ」
「いいから」

周りの奴に適当な断りの文句を並べて、ひどく狼狽えるミヤの腕を引っ張るようにして、会場を出た。



* * *



「早く見せろって。こっちはご祝儀代分食わねーと元取れないのにわざわざ抜けてやったんだぜ?」

俺達はトイレの洗面所の前に居た。
ここまで連れてきたものの、ナプキンを股間に当てたまま微動だにしないミヤに、漏らした証拠を見せろと脅迫まがいに迫っている真っ最中である。

「い…いやだ…恥ずいだろ……」

高級ホテルなだけあって塗装から洗面台や鏡まで凡人にはわかりかねる高級感たっぷりな内装のレストルームのド真ん中で、ミヤはそう言ってモジモジと俯く。

「しちまったもんはしょーがねーだろ。恥ずかしいとかいいから見せろ」

こめかみに微弱の筋を立てにじり寄ると、観念したのかミヤは涙目で俺を見上げ「誰にも絶対言うなよ」と搾り出すように念押ししたあと、緩慢な動きで股間にある薄くて上質な紙の隔たりをとった。

あろうことか今日のミヤのスーツは濃い目のグレーだ。
股間にはじわっと楕円状の染みが見事に出来上がっている。なるほどこれは恥ずかしい。

「ミヤ………」

唾をゴクリと嚥下して、目尻に涙を溜めている友人にまた一歩近付いたその瞬間。
大理石の通路をコツン、コツン…と誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえ瞬時に口を閉ざす。

やばい。こんなところ誰かに見られでもしたら事だ。
ミヤの尊厳にも関わるが、今自分がコイツにしようとした行動を考えると…そっちの方が他人に見られたらまずいだろう。

俺は黙ったままミヤの腕を強引に引っ張って、まるで王室へと続くような豪華な出で立ちのドアを開いた。


「ちょっ…!なんで個室に入んだよ!」
「うっ…るせぇな。なんか入っちゃったんだよ!」

ばつ悪く後ろ髪をかきながら、成す術もなく便座に腰をおろすミヤを見下ろす。
背後では誰かが用を足している物音が聞こえているから、小声の限りを尽くして会話を続ける。

「はぁ……どうしよ」
「とりあえず拭くか?」

うなだれるミヤの股間目掛けて、くるくる手に巻きつけたトイレットペーパーを伸ばしてやる。

「足開けバカ」
「や、やだって」

またもイヤイヤ星人になるミヤの両足を無理矢理力で開かせて、湿っている部分をそっと撫でた。

「んっ…」

瞬間、ミヤらしくない、ともすれば喘ぎのような甘い吐息が耳を掠め…俺の中の理性的な何かが爆発するような気配があった。

「おまっ、変な声を出すな」
「ごめん……」

必死に崩れかけた理性を積み立て直しながら、再度ミヤの股間に目をやる。

大学生にもなって、ましてや先輩の結婚式の真っ最中に、小便を漏らして涙目で俺に助けを求めちゃう困った友人。――なにこれ、なんか可愛いんですけど。

「…?な、何笑って「笑ってねえよ」

被さるように断言して、二の次を言わせないようにミヤの唇を塞いでやった。

「っ?!んぐ…んん"…!」

背中にミヤからの抵抗の痛みが走る。つまりポカスカ叩かれまくっている。
それも構わずにぴったり唇を合わせ続けていると、すっ…とミヤの身体から力が抜けていく。
その隙に唇をこじ開け、舌を捩込ませて歯列をなぞってやる。

「フ……んっ……む」

隙間から漏れる声が甘い響きに変わった。
それに気をよくした俺は、この場に乗じてミヤの下半身に手を伸ばし素早くファスナーをおろす。

自分がとんだ過ちを冒していることは頭の隅で判っているつもりだが、こいつだってそんな抵抗してこねーわけだし…この流されぶりに付け込むくらい、豪華なメシを食い損ねた代償としていただいてもバチは当たらないだろう。



---fin---



―おもらし大学生―

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