互いの利益のために06
「大変遅くなってしまいすみませんでした!!」
「あ〜…いえいえ」
明るくなったエレベーターのドアはもう開かれて、ペコペコ頭を下げるこのビルの管理人さんらしき人に苦笑いで手をあげる和成を、俺はエレベーター横の壁に寄り掛かりながら腕を組んでまるで他人事のように眺めていた。
「そちらの方も怪我とか…」
「あ〜大丈夫っす!じゃあ俺達はこれで、な?」
人の良さそうなおじさんは俺に視線を向けながら眉を下げていたが、俺が口を開くよりも先に軽やかに受け答えた和成が俺をちら、と振り返る。
「無事で何よりです。本当にすみませんでした!」
俺は無言のまま頭を軽く下げて、薄暗いビルから和成の後を追うように去っていく。
外はもう日が落ちかかっていて、昼と夜の間の紫がかった雲と空模様がやけに目について思わず眉を寄せた。
「えーと、秀一クン?」
「ん……」
「このあとどうする?」
人通りの多い道を並んで歩きながら、窺うような声色で聞いてきた和成は少し歩く速度を落とした。
本来ならこの後マックに寄ってちょっと時間つぶして終わりの予定だった。つーか本来ならば今、あのビルを出る時刻はこんな夕刻過ぎではなくて昼過ぎだったはずだからな。
そしてよもや、いくら非常事態だったとはいえ、あんな場所であんなことをしてしまう(というかさせてしまう)だなんて思いもしていなかったわけだ。
今思い出しただけでも顔がカッと熱くなる。あんな、親友に性器を銜えさせて飲、…飲ませたとか……。しかもなんか変な雰囲気に呑まれてキスまでして。更にあんな……な、何て言うんだ?触り合い?みたいなことまで……
「どした?顔真っ赤だぞ」
「ッ…!……何でもない」
歩きながらさっき起きた未曾有の出来事を思い出していたら、急に和成は俺の正面に立つように前に出て俺の顔を覗き込んできた。
俺が何を考えて顔赤くしてたかまでは分かっていないだろうが、ベストタイミングで降り懸かった言葉に一瞬ドキリとする。
足を止めて顔を伏せる。なんつーか……恥ずかし過ぎてまともに和成の顔が見れないんだが。
「きょっ、今日はもう解散しよう」
目の前にある和成の視線から逃げるように早口でそう言って、和成を避けるようにして歩きだしたその時。
「待てよ」
俺の腕をガッと掴んだ和成は、驚いて振り向く俺に挑むような目つきでこう言った。
「秀一お前ぜってー今日このまま帰ったら明日から俺ら気まずくなるパターンだろこれ」
「ち、違っ」
「違わないだろ。現に今も逃げてんじゃん、そんなんで明日からちゃんとできんの?ねぇ?」
「……ッ」
言い返す言葉が見付からずに歯を食いしばる。和成の怒った顔なんて初めて見たかも知れない。しかもその矛先は自分に向いている。
「よーし決めた。このまま俺んち来い」
「なっ……」
「そんでちゃんと話しよう。俺お前に言いたいことあるし」
「な、何だよ言いたいことって」
「んー?俺んち着いたら教える」
「つか手離せ、よっ」
「んー?や、だ。秀一クンが素直に俺んち来るって言うまで離してやんねー!」
人の悪い笑みを浮かべながら掴んだ腕にぎゅっと力を込められた。
俺は仕方なく了承の意を唱えて、そっかそっかと満足そうに口元を上げる和成をじっと見つめた。
「なーに」
「ん……いや……」
交わる視線。和成の凛とした瞳が真っ直ぐ俺に向いて、そこには俺の姿が映っている。
「なんだよ秀一」
「や、何でもない…つか手!何手ぇ繋いでんだ!」
「え〜!いいっしょ、おてて繋いで帰ろーぜ〜?」
俺の腕を掴んでいただけのはずだった和成の手が、いつの間にか俺の手をしっかり握っていて。
気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな俺を尻目に、繋がれたそこをぶんぶん振りながらニッと歯を見せる和成は、いつもの茶目っ気たっぷりな目で俺に笑いかける。
「お?思ったより拒否しねーのな?」
俺がそこまで嫌がると予想していたのだろうか。和成は俺がさほど抵抗もせずそのまま歩くのを見て目を真ん丸くしながらふはっ、と笑った。
「じゃあ拒否してやるよ、ほら離せ」
「やっだねー!」
ニシシと歯を見せながらずんずん歩きだす。若干引っ張られるようにしながら足を踏み出して、和成と肩を並べて歩く。足取りは思いのほか軽かった。
――情を分けた相手はなんとやら。
あぁそんな言葉もあったなぁ。うん、満更嘘じゃなかったわけだ。なんて、そんなことをふわふわ考えながら和成の家を最終地点にした帰路につく。
「っなぁ秀一」
「あ?」
「ちょ、いちお、一応聞いとくけどさ、お前彼女とかいないよな?」
瀬踏みするような不安気な和成の瞳が、俺が首を縦に振った途端にぱあぁっと分かりやすく輝いた。
「そっか……っ!」
「…?なんだよ気持ち悪い」
「んにゃ、なんでもない。気にすんな!とにかく早く帰ろーぜ!」
っな!と繋がれた手に力を込められる。つられるように握り返して、見つめ合った俺達ははにかむように笑った。
---fin---
→次ページからは2周年企画で書いた続編、本編のつづきです!
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