生真面目チョコレイト フリリク続編




「えーっ!お兄ちゃん彼女出来たんだーっ!おっめでとー!」
「い、いやあの、彼女というのは少々憚(はばか)られるのだが…」

――僕は幼少の契りより、人よりも頭が固く真面目過ぎだとよく周りに言われていた。
こんな僕を理解してくれる友人も数える程には出来た、高校生の冬。
僕には友人を通り越して、恋人という、大変恐れ入るとても大切な人が出来てしまったのだ。

「ねぇねぇお兄ちゃん」
「ん、何だ?」
「ABCどこまで進んだのっ?」
「ABC?ははっ、それはお前だって既に中学で習っているだろう?」
「え?」
「僕はもう高校生だからな、Zまで完璧だ!」
「お兄ちゃん…意味、分かってる?」



生真面目チョコレイト
       番外編




あのあと妹に何故か可哀相なものを見る目で見られ、少しばかりABCとやらが気になってしまった。ABCとは何なのだ?アルファベットの最初の三文字に過ぎないと思うのだが、妹の反応から察するにどうも違うようだし、先日購入した恋愛指南書にもそれらしい記述は見当たらない。



* * *



「えっ!?ABC?」

今日は一緒にテスト勉強をしようということで、学校帰りに高橋君が僕の家に来ていた。その実高橋君が家に来るのは初めてのことで些(いささ)か緊張気味であった僕は、開口一番にABCについて尋ねてしまったのだ。

コトンと机に置いた冷たい麦茶の入ったグラスに伸ばしかけていた手がぴたりと止まって、何かを言いたそうな、なんというか微妙な面持ちでこちらをじっと見遣る高橋君。

「えっと…まじで?」
「な、何が?」
「ABC、知らないの?」
「む、むぅ……分からない」

最後の方は蚊の鳴くようなか細い声でそう告げると、高橋君は意味深にニカッと笑ったかと思いきや、ずずずっとこちらににじり寄ってきた。

「なっ、たっ、高橋君…っ?!」
「……する?」

「する?」とは何なのだ「する?」とは。ABCは“する”ものなのか?……よく分からないが、きっと高橋君が教えてくれるのだろう。ならば、何も問題はない。高橋君は本当に優しい人だ。

小首を傾げながら徐々に距離を詰めてくる高橋君を上目に見つめ、おそるおそるコクリと頷いてみる。
すると、ぱぁっと周りに花が咲いたかのように表情を明るくした高橋君はどんどんどんどん僕に近付いてきて、仕舞いには殆ど鼻と鼻がくっついてしまいそうな程、至近距離まで詰め寄られていた。

こんなに近くで高橋君の顔を眺めるのは初めてかも知れない。至近距離で見ると高橋君の睫毛はこんなにも長かったのか。鼻もシュッとしてて、唇も薄いのだな……いやはや色眼鏡で見ていることには変わりないのだろうが、間違いなく端麗という言葉がぴったりだ。

思わずたじろぐ形で顎を引いた僕は、予想だにしていなかった高橋君の行動に、身が一瞬でカチコチに固まった。




――チュ

なななななななななんと!
高橋君は躊躇なく、一センチ程あったはずの我々の距離を零まで詰めていき、遂にその薄い唇が僕の唇にピタリと重なってしまったのだ。

「…っ…!!!!」

一瞬だけ重ねられた唇はすぐに離れ、目を見開いたままの僕とは正反対に高橋君は何とも熱のこもった目で僕を見詰めてくる。

「たっ…たかはし、君……」
「ははっ、これでA、終わったよ………ってアレ?ちょ、えっ…?!…え!?…ちょ、は、鼻血…!」





――次に僕の意識がはっきりと覚醒した時、何故だか僕はベッドに横になっており、鼻にはティッシュが詰められていて、心配そうにこちらを覗き込む高橋君のしょげた顔がよく脳裏に焼き付いていた。

僕はなんと情けないことに、高橋君からきっ、きっ、キスをされて、鼻血を垂らしながら意識を飛ばしてしまっていたらしい。

「可愛いなぁ」
「なっ…可愛いなどと…!」
「ははっ、でも俺も初めてだったのに…まさか気絶しちゃうなんてなー?」
「むむ…申し訳ない……」

眉を下げながらそう言う高橋君にたじろぎながら謝れば、打って変わって表情を明るくした高橋君は「謝んなよ」と一言。

「むぅ……しかしだな……」
「ね、じゃあさ、Bもしていい?」

ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた高橋君はそう言って、ベッドに横たわったままの僕を見下ろす形で顔を近付けてくる。いかん、あんなことがあったすぐ後なのにまたこんなに近くに高橋君の顔が……はっ、鼻血がまた出てしまいそうだ…。

「ちょ、ちょっと待ってはもらえないか?その…ま、また鼻血を出して倒れてはかなわんから…」

たじたじになりながらやっとの思いでそう告げると、高橋君は爽やかに笑いながら僕の頭を撫で、極めて優しい口調でこう言った。

「冗ー談。俺、キスできただけで今すんげー嬉しいから。…つか、その先なんてまだ考えられないかも。俺だって気絶しちゃいそうだ」
「高橋君……」

そうへにゃりと照れたようにはにかんで目を細める高橋君は、今まで僕が見てきた高橋君とは違った顔に見えて、心臓を天使の矢で打ち抜かれたみたいにキュンと胸が高鳴ってしまう。





「好きだよ?」

揺らぐことのない高橋君の澄んだ瞳は、真っ直ぐに僕を見つめてくる。

「……僕も、好きだ」

そう言って、起き上がりざまに高橋君の頬にキスをした。

「〜〜!!?」

嗚呼、高橋君でもこんなに顔を赤くして照れたりするのだ。
もっと、もっと……高橋君の色んな表情(かお)を見たいと思うのは、おかしい感情なのだろうか。

「…たかはし、くん」
「ん?」

『B』が何なのかを尋ねようかと思ったが、その言葉はすんでのところで飲み込むことにした。

「いや、何でもない」

自分に言い聞かせるようにそう言って、ベッドから降りようと腰を上げたその時。
徐にガシリと腕を掴まれた。

「……でも俺、やっぱ色々と我慢できねぇかも」

そう言った高橋君の顔は、やけに艶(なま)めかしくて、思わずゴクリと息を飲んだ。



---fin---




こちらはくもり様よりリクエスト頂いた「生真面目チョコレイト」の番外編です。
このあと何しちゃうんだよどうなっちゃうんだよもしかして…(*´Д`)ハァハァ…って感じになりました。まさかこの二人のキスシーンを描けるなんて思ってなかったので描いててすごく楽しかったです。そしてこれ最後の方ずっと鼻にティッシュ詰めたままなんだよなぁと思うと微笑ましいこと山の如し。




→→番外編

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