意地悪な先輩の一面
あの日――ちなみにあの日というのは、俺がバイトしているコンビニの送別会と歓迎会を兼ねた飲み会の日のことなんだけど、あの日に俺と先輩がどういう経緯であんな事になってしまったのか、どうしてもその辺りの思い出せない部分を今日、先輩に思い切って聞くことにした。
「あー、先輩」
「何だ」
「今日、バイト終わったら暇すか」
「何だ」
「やー…ちょっと話が」
「待ってろ」
俺は今日バイト休みの日だったもんで、学校帰りにそのままコンビニに寄って夕方勤務でレジに居た先輩にそう告げると、先輩はゆっくりとバックヤードへと消えてしまった。
待つこと数分。何かニヤニヤしてる店長と共に現れた先輩は、心なしか顔を赤く染めながらいそいそとバイトの制服を脱ぎだしていた。
「え、え?どゆことすか?!先輩まだバイトの時間ですよね?」
慌ててそう発しながら店長と先輩を交互に見遣ると、店長はうんうん、と全てを悟っているかのような表情で頷くだけで、かたや先輩は「じゃ」と店長に頭を下げて俺に行くぞと目配せしてくる始末。
…何か恥ずかしいんですけど。この雰囲気、店長全部理解してるよな?…そんなに微笑ましそうに見ないで、店長。
意地悪な先輩の一面 番外編
「先に休憩を貰った」
「あー…そんな無理して時間作ってくれなくても、先輩が終わるの待ってたのに」
「お前の話が気になるからな」
「え、えっと…」
近くにあるマックに入った俺達は、飲み物だけを頼んで向かい合って腰を下ろす。休憩時間はおそらく一時間だろうから、まぁあと一時間は話せる訳だけど何ていうか…こんな急ぎ急ぎで話すような内容の話でもないっていうか…。なんだろう、すげーこっちが緊張する。
「せ、先輩」
「ん」
「あの日のこと、ちゃんと知りたい、つかちゃんと思い出したいんですけどー…」
「……」
「教えてもらえませんか?」
――「じゃ、俺こいつ連れて帰りますんで」
そう言って飲み会の席から立った俺は、覚束ない足取りで俺の隣を歩くこいつの腰を抱きながら、とりあえず駅の方まで歩くことにした。
「お前、家どこだ」
「しーらないですぅえへへー」
「おまっ、ちゃんと教えろ」
「いーやーでーすー!せんぱいが俺のこと好きって言うまでおしえなーい」
「なっ……じゃあ置いてくぞ」
「あー!ほらやっぱりせんぱいオレのこときらいなんらあぁ!」
「馬鹿か」
「どーせバカですよーだ!ふーんだっ…わわっ!」
あいつはつんと横を向いて不服を表そうとでもしたのだろうが、酔っぱらいというのは注意力が欠如するもので、一気に足元を崩してよたついた。
息が止まるかと思う程びっくりした俺は、仕方なくあいつの身体を抱き寄せて支えてやる。
「せっ、せんぱいぃ」
「何だ」
「気持ちわりゅ…」
「おいっ!吐くのか?」
背中をさすりながら声を掛けるが、あいつは黙ったまま頭を垂れるだけで、ふるふると足元が震えていた。
「ったく…」
「せ、んぱい。…あっち」
そう言って奴が指差した先は、あろうことかホテル街が立ち並ぶ細い路地への入口だった。
「お前、家この辺なのか?」
んーん、と首を横に振る。
「お前、この辺に何があんのか知ってんのか?」
ん、と首を縦に振る。
「…せんぱい」
俺にはあいつの誘いを断る理由が無かった。言われるがままに、手を引かれるままに、その妖艶な雰囲気の建物へと入って行った。
「…という流れだが」
「うわわわわわマジすか先輩!」
まるで別にそんな大したことはないとでも言うかのように淡々と先輩に説明されて面食らったってのもあるけど、何より酔った俺タチが悪すぎる…!
「ちょっと脚色してたりは」
「俺がそんな事をすると思うのか?」
「思わないですすいません…」
なんだろう、こうやって言うってことは、あの日ホテルに誘ったのは紛れも無く自分だったことが判明した訳で、この後ホテルで俺がどんな態度をとったか何て火を見るより明らかっていうか…
「その先のことも話すか」
「あっ、あー…お、お願いします…」
何かもう、聞いてしまったら後には引けないような、元に戻れなくなるような、そんな気がしたけれど。でもやっぱりここは聞いておきたい。俺の為にも、先輩の為にも。…これからの二人の為にも。
「ふはっ!ねー!ホテル!入っちゃったー!」
「お前、気持ち悪いんじゃなかったのか」
フロントの人間に驚いた顔をされつつも事情を察したのかすんなりと部屋まで通された俺(達)は、燦然と煌めく怪しい明かりに照らされる部屋に唖然としていた。
俺は奴の体調が目下の心配だった訳だが、ふと隣に視線をやれば奴はいない。は?と思いつつ部屋を見渡すとあいつは、キングベッドの上でぴょんぴょん跳ねながら最上級の笑顔でこちらを見下ろしていた。
「うーそーでーすー!」
「……」
「あ、せんぱい怒った?」
「…が…っ…」
「?」
「しっ、心配しただろうが!」
ベッドまで歩いて行き、へらへらと俺を見下ろしてくる奴を引っ張ってそこに座らせ、俺が見下ろす形で「馬鹿なことすんな」と少し声を荒げた。
「うぅ…せんぱい怒ったあ…」
「……」
「あーうー…」
「……」
「せんぱい、ごめんなさい…」
俺の無言の重圧に耐え切れなかったのか、はたまた本当に反省したのかは分からないが、しゅんと犬耳が垂れてるかの如く背筋を曲げ頭をちょこんと下げた。
奴の隣にどかっと座り、くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でてやる。そうやって最初から素直になりゃあいいんだよ。
…俺がどんだけ心配したと思ってる。
「へへぇ〜……でも、」
「何だ」
「…こうでもしないとせんぱい、俺をちゃんと見てくんないから」
心地好さそうに目を閉じて俺の手を受け入れたかと思えば、ゆっくり目を開けて俺を上目遣いで見ながら奴はこう続けた。
「せんぱい、俺、仕事もまだまだできなくて、せんぱいに怒られてばっかだけど、俺、俺、」
「……」
「…せんぱいが好きなんれす」
酒気を帯びた朱色の肌をして目にうっすらと涙を溜めながら、少し掠れた声で訴えるようにそんな事を口走ってくる。
酔っ払いというのは何か。自分の恋愛感情さえも分からなくなるのか。
お前が今告白しているのは紛れもなく男で、ましてやバイト先で散々嫌味混じりに怒ってくるような奴だぞ。
「…お前、何か。俺をからかっ…」
「からかってなんかないもん…っ!」
遂に目の端から透明な雫を垂らし出し、けれどツーと流れるそれを構うこともせず奴は口を一文字に閉じて必死に訴えてくる。
「…俺の気持ち、知ってたのか」
そう問うと、イエスともノーとも取れる曖昧な笑顔をして奴はふいに俺との距離を詰めてきた。
そのまま二人の顔はどちらからともなく近付き――
「キスをして、それから…」
「わわわわわ!ちょっ、先輩分かりましたありがとうございますすみません…!」
な、なんてことだ。まさか、いやまさか…俺から告白、していただなんて…。あの日、朝起きてから先輩が言っていた“あの言葉”ってこれのことだったのか…。
こんな大事なこと、朝起きて忘れられてたらそりゃあ先輩もしょんぼりするよな…。そうだよな…。
「せっ、先輩、」
「何だ」
「あー…あの、本当に、」
「……好きだ」
しどろもどろになりながら、どうにか弁解の意を唱えようとしたその時、ふいに先輩が真剣な顔でぼそっと呟いた。
先輩独特の低くて渋い声。いつもはもっとドスの利いた怖い声で怒られている気がするけど、それとは違うもっと柔らかさのこもった声で、俺をじっと見ながらそんな事を言うもんだから、思わずドキッとした。
更に、テーブルの上に無造作に置いた俺の手の上に手を重ねてくる始末で。あー…何か今の俺、女の子の気持ちが分かった気がする。なんだろ、これ。心臓を恋のキューピッド的な何かに打ち抜かれたみたいな。
そして咄嗟に言葉に詰まってしまう俺を尻目に、先程の手をパッと離した先輩は「もう戻る時間だ」とだけ言い放って背を向ける。
代わりに何やらカギのようなものをそこに置いて。
「これ…」
鍵だ。正真正銘コレ合い鍵だ。
多分、先輩は俺にこれを渡す為にわざわざ合い鍵を作ったんだろうな、とか、何か可愛いことすんなあの人とか、あと…合い鍵なんか貰うの初めてだし、やべちょっと嬉しいとか思ってる自分もいて。
とりあえず先輩の名前を呼んで引き止めてみると、足を止めてこちらを振り返る先輩の顔が見事に真っ赤に染まっていて、あー…やっぱり照れてた。なんて思わず顔がニヤけてしまう。
「先輩、俺――」
「俺、先輩の家知らないっす!」
先輩がハッとしたようにオロオロしだす姿を見ながら、『あ、好きだ』って素直に思ったことは、まだあの人には言わないでおこう。
---fin---
あ と が き
先輩はもう意地悪でもなんでもないですね。これ二人は付き合ってるんでしょうか(お前が聞くな)ゆっくり、ゆっくりと、二人が心の距離を詰められればいいなと思います。
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