チャラ男×腐男子 01








「お前さー、いつも女子とつるんで何喋ってんの?」
「なに、詳しい内容が知りたいの?ま、教えないけどね」

わざと含むようにニタリと笑ってみせると、同室である涼太はあっそと興味なさげにスマホをいじりだした。

「あ、そういや今日夜出掛けるから点呼ヨロシク」
「またー?涼太、その女癖どうにかなんないの?」
「どーだろー。オレ、据え膳は食う主義だからなー」

モテるのはたしかだけど来る者拒まずと有名なこの友人兼ルームメイトは、芸能人顔負けの眩しい笑顔でおれの肩をぽんと叩く。

「オレは奈留ならいつでも大歓迎だぜ?」
「…全力で拒否するっ」

肩に乗った手を振り払い、楽しそうに扉から出ていくモテ男の後ろ姿を見送った。




キリリク 「チャラ男×腐男子」




おれは根っからのBL好きで、わりと小さいときからそういう類のものを嗜んでいた。
それがマイノリティであることはなんとなく気付いていたからだれかれ構わず吹聴するようなことはなかったけれど、最近ひょんなことから同じクラスの腐女子トークに混じるようになった。
萌えカプについて語り合ったり、同人誌やマンガを貸し借りしたり。男子とはできないコミュニティにおれは居心地の良さを感じていたんだ。

「奈留くーん!ハイ!今月の新刊」
「わぁ、ありがと〜」

そういえば、学年で一番可愛いと人気がある桜井サンが腐女子ってわかったときは驚いたなぁ。
差し出された紙袋を慎重に受け取りながらそんなことを思い出し、小さく彼女に手を振ってからカバンにそれを仕舞う。
待ちに待っていた新刊を読める嬉しさに少しニヤけていると、後ろからなにか大きな影が落ちてきた。

「なーに今の」

涼太が肩越しに手元を覗きこんできたので、急いでカバンのチャックを閉めてから振り向いた。

「なんでもないよ」
「えー?そうー?やーらしーんだー」

ニタァと小気味悪い笑顔をした友人に肩を小突かれる。

「もうっ!そんなんじゃないって知ってるでしょっ」
「ニヤけてんのが後ろ姿からでもわかったからさ。なんか面白くて」

降参のポーズをとりながら尚楽しそうに頬を緩ませている涼太にぷいっと顔を背け、すたすたと歩き出す。
廊下から聞こえてくる女子達の高いはしゃぎ声と、窓から漏れ聞こえてくる野球部の威勢のいい低音が混じって、おれが言った『先に帰るからね』という言葉は友人まで届かなかったらしい。




****





涼太はおれがBL好きだということを知っている唯一の友人だ。
バカにしたり言いふらしたりしないのはわかってるし、信頼しているやつではあるけれど、ひとつだけ問題があって。

それはBL好き=ホモだと思われてるっぽいこと。
たっ、たしかにコロコロ取っ替え引っ替えしてる涼太と違っておれは彼女いたことないけど、決してホモだからってことではなくただ運命の人とまだ出会ってないってだけで…今までだって告白されたことくらいあるし、それを断ったのは自分がホモだからじゃなくてその人自身を好きになれそうになかったからだし、ってなに言い訳してんだろ…。

ノーパソで好きな作家さんのホームページを物色しつつ、途中から入ってきたヘンな思考を取り去るべくぶんぶんと頭を振る。

「あーそういえば涼太、週末に部屋いるの珍しくない?」
「んあ?今オレフリーよ」

涼太はドヤ顔で、口元までもってきていたスナック菓子をぽいっと中に放り込む。

「そうなの?」
「おー昨日な。だから奈留、今オレ恋人募集中」

うん。だから別におれ、男が好きなわけじゃないんだけど。

「ざーんねん。おれ別に彼氏は募集してないからお呼びでないなー」
「またまたぁ」

パソコンから勘違いしている友人へ視線を移すと、へらへらと軽い調子で笑っているイケメンがそこにいた。




****




「はっ?待っ、まてまてまてっ」
「え〜いいじゃんこんくらい」

事件は突然おきた。

久しぶりに二人で宅飲みでもしようと、コンビニで酒とお菓子をたらふく買い込みDVDなんか借りちゃってまったりと部屋で飲んでいたところ。

へべれけな様子の友人が突然、おれが座っていたベッドに四つん這いでやってきたかと思えばそのまま押し倒してきて、ごく自然に顔を近付けてきたのだ。

BL的によくあるシチュエーションだなぁなんて客観的にみてる自分とは裏腹に、カラダは正直なものでスッと出た両手がガッチリ自分の顔面をガードしていた。

「この酔っ払い!やめろって」

くぐもった声で抗議をあげるが、目の前のオトコの瞳は揺らがない。
顔をわずかに傾けて距離を更に詰められれぱ、既に押し倒されているこの体勢では為すすべもなく。

「りょ…んっ!」

スッとおろされた唇とおれのそれが重なり、呆気なくも儚くおれのファーストキスは同性の親友によって奪われた。

「なに…してんだよ…」

項垂れるようにして見上げれば、涼太がなにやらガサガサとベッドの下を漁っている。

人のファーストキス勝手に奪っておいて、当人をシカトしたまま部屋を荒らしだすのかお前は。

「っおい」
「これ、なーんだ?」

涼太の左手にぶら下がっていたのは、手作り風の薄い一冊の本。
桜井さんから借りた本の中に紛れ込んでいた、おそらく彼女達が作りあげたんだろう同人誌。

「っ!?それはっ」

ただし、内容がまずい。

「こんなのコッソリ貸し借りしてさ。やらしいよなー?」

『涼太×奈留』とバッチリ書かれたその本は、表紙からして既におれが涼太に組み敷かれてトロンとしちゃってるイラストで、俺らを知ってる人間が見たら一発アウトな出来だった。
おれもまさかこんなのを作られてるなんて思わなかったし、しかもそれを本人であるおれに貸してきた桜井さんの意向が掴みかねるなぁとか思っていたところだ。

でも、その話をすれば桜井さんのヒミツをバラしてしまうことになるから言えない。涼太に弁解が、できない。
背中に、冷や汗が滲む。

「違っ…」
「なぁ奈留…」

両手を掬われて、顔の横で軽く押さえられた。
友人の明るめの髪がはさりと下に垂れる。

「お前、オレのこと好きなの?」

酔っ払ってるわけでも、ふざけてるのでもない真面目な顔が、真っ直ぐに自分に向けられた。

「い、いや、違っ」
「そんな真っ赤な顔で言ったって説得力ねーよ?」
「えっ」

おれ、そんな顔赤かった?

「前から思ってたんだよね。オレ、奈留なら抱けるって」
「い…いやいやいや、そんなんで迫られても困るから…」

満面の笑みで言われても、それに応えられるスキルは残念ながら持ってない。つーかおれ、お前に抱かれる覚悟なんてない。いやいや覚悟とかじゃなくてだな…。
じわじわと目線を下げて、うつむいた。

「なぁなぁ、じゃもっかいさして」
「?なにんむッ…!」

抵抗の余地が無いほどあっという間に顎に手をかけられ上向かされたと思ったら、次の瞬間にはもう唇が重なっていた。

「なにすん…っんんんぅ…っ!」

罵倒しようと口を開くと、待ってましたといわんばかりに舌が差し入れられてその感触にびくっと背筋が震える。
ぬるりとしていて肉厚な未知の感触に、からだが反応してしまう。
熱い舌がゆっくりと口内を這いまわり、舌を絡め取られると更に息苦しくなって、じわりと頭の芯が痺れてきた。
離れたと思えば角度を変えて再びくちゅりと深く重ねられる唇と、時折くち、くちゅ、とわざと音をたてて幾度も舌を吸われるたび、どうしようもなくビクついてしまう。

頭がぼーっとしてきて体の芯がじわりと熱くなる。…っていうか、こいつ何して…おれ、ホモじゃないのに…

「なー奈留、オレ、たっちゃった」
「!」

ニヘ、とさほど恥ずかしげもなく言ってのける男は、腰を器用に動かしてわざとおれの腰と密着させてくる。

「あ、奈留もたってない?」
「うっ、うるさいなっ」

初めてのキスでこんなとろとろにされたら、そりゃ誰でもたつだろ…。しかもそんな、他人からの刺激に慣れてないんだぞ…もう…。
きっと赤くなっているであろう耳をおさえて、やめろという意味を込めてキッと睨みをきかせた。

「ぉお。おこな奈留ちょー可愛い」

本来整っている人好きのする顔が、ニヤけるという表現がぴったりな緩みに緩んだ顔になっている。
お前はあれか。彼女にはいつもこんな顔を見せて、あんなキスをしているのか。

「奈ー留。もっかいチュー」
「しない」
「え!なんで!」

つーか。
酒が入っているとはいえ、この状況はなんだこの状況は。
まるであの、涼太×おれの同人誌のような……。

「奈留?」
「涼太…涼太はおれのこと好っ…いやいやいや、なんでもな」
「好きだよ」
「は?」
「好き」

真剣な眼差しが、おれを貫く。

「そう、か……」

このままなし崩しに物語が始まってしまうのか。それとも酔っ払いの戯言で終わるのか。

「あー信じてないな〜」
「いやいや、だって涼太」
「今フリーだっつったろ。恋人募集中。っていうか、奈留のこと気になったから別れたんだし」
「ふーん」
「ふーんて!オレ、好きな人にはめちゃめちゃ尽くすよ?しかも一途」

どう?
言いながらさり気なくキスしようとしてくる友人の顔を肘でつついて、その隙にようやっと男の下から這出る。

「…〜っ、とりあえず寝る!またあした!」
「ん、おやすみ、マイハニー」
「ハニーじゃない!」
「じゃあダーリン?」

へらっと首を傾げてくるこいつを刮目しつつ、頭のどこかでこの案件について真面目に考え始めている自分がいることに気付かないふりをして……とりあえず涼太のオデコにデコピンをくらわした。




---fin---





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