芽生えてしまうよ 02.





目が覚めたら自分の部屋に居て、すっかり熱は引いたようだった。

あぁ…どうしよう、どうしたらいいのだろう。なんてことを言ってしまったんだ僕は。
あの時のことを思い出して急に恥ずかしくなってしまった僕は、気持ちを切り替えてとりあえずお風呂にでも入ろうと部屋を出た。

階段をゆっくり降りて、リビングに居るであろう母親に顔を見せようとしたら、――そこには東雲先生が居た。

「あ、」
「あら起きたの!体調どう?東雲先生がわざわざ病院まで連れてってくださったのよ覚えてる?ほら、お礼言って」
「あ、あ、すっ…みません」

いえいえと苦笑う先生の顔がまともに見れなくて、僕は踵を返して階段をまた上り始めた。

そしたら、

「待って」

階段の下には東雲先生が居て、先生は僕を見上げながら困ったように笑った。


* * *


「体調まだ悪いならすぐ帰るけど、でも」

僕の部屋に正座で座る先生は、「きちんと話しておきたいから」と続ける。
心臓が張り裂けそうになりながら先生の言葉を待てば、

「ありがとう。伊多羽の気持ち、嬉しかった」

そう続けられた。

「あ、はい……」
「本当に嬉しいんだ、伊多羽からあんな風に言ってもらえて」

でも、と先生は言葉を濁す。

「私は看護教諭で、君は私が働く高校の生徒だ」

だからごめんね、と。

言葉を選びながら慎重に話してくれる先生の目を見れなかった。
ただ悲しくて。そう言われることくらい分かっていたのに、ただただショックで。先生が何を話しているのかも全然頭に入らなかった。



――正直僕は少し自惚れていたかも知れない。東雲先生が僕によくしてくれるのは、もしかしたら他の生徒よりも僕を気に入ってくれているからかも知れないと。そんな風に思わなかったといえば嘘になる。

こんな時、恋愛小説とかなら生徒と先生は大抵結ばれたりするけれど、実際の恋愛はそう簡単にいくはずがないんだ。
分かっていたはずなのに。

東雲先生は僕に優しくしてくれたように、きっと他の生徒にも同じように優しくしていたんだ。――当たり前のことだ。

「はぁ…」

勝手に流れてくる涙を拭く気も起きず、ベッドに仰向けになって天井を見上げる。

先生に、フラれてしまった。

これから学校で具合が悪くなったらどうしよう。三年生の僕はあと一週間ほどしか学校には登校しないけれど、その一週間保健室に行けないと思うと正直不安が募る。

今だって体中が痛くて、胸が張り裂けそうに苦しくて、どんどん溢れてしまうこのしょっぱい雫をどうしたらいいのか分からなくて、ぽっかり穴が空いたようなこの気持ちが嫌で嫌でしょうがない。誰かに助けを求めたいのに、先生の顔しか浮かばない。いつも僕が手を伸ばす先には先生が居たはずなのに。先生、先生……僕は……


* * *


結局僕は卒業式までの一週間、学校を休んだ。体調がまだ治らないことにして、ずっと部屋でふさぎ込んでいた。
両親や友達は凄く心配してくれたけれど、誰にも本当のことなんか言えるはずもなくて。



『卒業生代表、〜〜…答辞』

そして卒業式。
壇上の側に並ぶ職員席に東雲先生の姿を発見して、思わず泣きそうになってしまった。
東雲先生は僕がずっと学校を休んでいたことを心配してくれたかな。いや、休んでたことすら知らないかも知れない。

『卒業生、三年A組、〜〜………伊多羽孝介』
「はい」

担任の先生が僕の名前を呼んで、すくりとその場に立ち上がる。きっとこれで東雲先生も今僕がここに居ることに気付いただろう。

先生、もう僕はこの学校の生徒ではなくなるから、もう先生と関わるのも金輪際無くなってしまうよね。でも先生は多分これでホッとしているんだと思う。ただでさえ病弱で迷惑ばかりかけてきた生徒が、さらに調子に乗って先生に告白なんかしちゃう迷惑極まりない生徒が、居なくなるのだから。

クラス全員の名前が呼ばれるまでの数分間、極度の緊張と失恋の痛みと体育館の寒さとずっと立ったままでいること全てに堪え切れなくなって、僕はずるずるとうずくまるようにしゃがんでしまった。

「……!」

すると、式の進行を妨げないように忍び足でこちらに近付く影が見えた。
東雲…先生。

「大丈夫?伊多羽」

小声で問い掛けて、頷くのが精一杯の僕はそのまま先生の肩を借りながら体育館を出た。


* * *


「伊多羽……」

窓際のベッドに横になって目を閉じていた。しばらくすると何故か僕の顔に黒い影が落ちてきて、東雲先生の優しい声と共にしなやかな先生の手が僕の髪を撫でる。

「…せ、んせ」

うっすら目を開けると、ひどく切なげな表情の東雲先生と目が合う。

「伊多羽、卒業おめでとう」
「あ…ありがとう、ございます…」

絡まった視線はそのままに東雲先生の瞳がゆらゆらと揺れて、

「……伊多羽、」

震えるような声で名前を呼ばれた。

「…?」
「私も、ずっと伊多羽のことが好きだったよ」

――そんな。まさか。

「え…あ、…っ、…うぐ…っ」
「よしよし」

とめどなく溢れる涙を、東雲先生は優しく拭ってくれて。


「今日君がこの学校の門を出たら、私達は恋人同士、どう?」

涙腺が、崩壊した。



---fin---



思ったより長くなってしまった…!リクエスト内容が「切甘で受けは平凡か健気」だったのですが沿えられてるかなこれどうだろう不安です!何となく全体的にいつもとは違う雰囲気ですらすらと書けました(* ゜v ゚)
匿名様、リクエストありがとうございました!



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