年下×年上 おっさん受け


「山内さんお疲れ様です!もう終わりですか?」
「おう」
「じゃ、一緒しましょ!…っあ!このあと時間ありますか?もしよければメシとか…」
「はは、俺もちょーど同じ事考えてたとこだ」
「ぅえ?!マジ?っしゃあ!でもだったら言ってくれるの待てばよかったぁ〜…」
「なんだなんだ、心配しなくても奢ってやるぞ。何が食いたい?」
「う〜…ごちです!…ってそうじゃなくて!貴方“から”誘われたかったってコトですよっ…!」
「お?おう…?」
「ねぇ…俺の気持ち……ちゃんと分かってくれてますよね?」
「お、おう……」

山内徳之四十歳。
今俺は、自分より一回り以上年下の部下(男)に、好意を持たれている、らしい。



年下×年上 おっさん受け



ことの始まりは、数ヶ月前。
空き巣に入られて一文無しになった八尾を、二週間ほど家に泊まらせてやったのがきっかけだった。

「金目のモンごっそりやられて今なんっもないんスよ〜こりゃ給料日までネカフェかなぁ」と誰彼構わず会社の人間に言い触らしていた八尾を見兼ねて、だったらウチでしばらく面倒みてやると言ったのがいけなかったらしい。

八尾は、こんな優しい人間と会ったのは初めてだの、つか元々山内部長のこと気になっていただの、毎晩一緒のベッドで寝てたらムラッときましただの…ベラベラといらんことを言ってきたわけだが、俺はそれら全てを八尾の軽口と捉え放っておいた。

そもそも俺が声を掛けたのは、単純に八尾は懐いてくる可愛い部下だったということが前提ではあるが、一社会人として、信頼出来る人間に相談するのならともかく他部署のあまり関わりのない、ともすればどんな奴なのかも知れない人間にあまりベラベラとそういう話をするのはよろしくないだろうと、だったら自分が面倒みてやろうと、ただそれだけの理由で、昼休みを最大限に使い一文無しと屋無し事情を歎きまわる八尾を引っ張って提案したわけであって、決して下心なんていうもんはなかったし、そもそもただの同性の部下に対して見返りなんて最初から求めてもいない。

「やーまうーちさんっ。俺、山内さんのおウチで宅飲みがいいなぁ〜…」

俺より若干背丈のある整った今風の顔が、媚びの込もった表情でじっと見つめてくる。

「……」
「だめ、ですか?」
「〜…っ、いや、まぁいいけどさ…」

やった!と小さくガッツポーズをする隣のうら若き青年は、俺の心情など露知らず嬉しそうにニヤつきながら、あそこのコンビニでいいですかね?と遠くに見える青い看板を指さした。



***



真面目に告白をされたのは、つい一ヶ月ほど前のことだ。

『恋愛感情として、貴方が好きです』

――なんて面と向かって言われ、俺は咄嗟に拒むことも受け入れることも出来ずに返事を保留にした。と、いうか、流した。
我ながら狡い大人だとは分かっているが、気持ち悪がったり拒否したりという最悪の結果にならなかったことで八尾は十分満足しているようだった。
むしろそれから、八尾は好意を隠すことなく真っ直ぐに向けてくるようにすらなった。


たぶん。
俺はこいつ…八尾俊和のことを、普通に好いてはいるんだと思う。恋愛感情なのかは別として。

普通に話したり飲むには申し分なく楽しいし、若い人間の意見は叱咤すべきこともあるが参考になる部分も多い。

一緒に居て楽しい、居心地が良いと感じるのは、少なからず八尾の自分に対する好意という名の下心の元にある気遣いやなんやも含まれているんだろうけど。だとしても。


「山内さぁん〜…」
「なんだお前…ちょっ、近いぞ」
「いいじゃないですかぁ〜…」

俺が最初に世話をした部下だってのもあるけど、底抜けに明るくて素直で、どこか大型犬みたいに懐いてくる可愛いこいつを好きにならない理由が正直…見当たらない。

つーかなんだってこいつは……人並み以上にツラも良いし、背丈も高いし人当たりも抜群に良い。普通に女にモテるんだろうに、よりにもよってこんな…アラフォーの枯れたおっさんなんかを好きだとか、真面目に言ってくるのだろう。

「お前だいぶ酔ってんな…大丈夫か?」
「うへへぇ〜…山内さんと一緒だから、だいじょーぶれぇす」
「なんだそれ…」

最大限に緩みまくっている八尾の頬を軽く引っ張ってみると、いたいれすよぉと呂律の回っていない定型文が返ってきて思わずぷぷ、と笑いが込み上げてくる。

「あ〜!わらったなぁ〜!」
「ははは、悪い悪い」

今や俺達は肩がくっつくほどの距離で座っている。最初はもっと離れていたはずなのに、何かっちゃあ理由をつけてこっちに寄ってくる部下を半ば諦めの境地で放置してたらこうなった。まぁいいんだけど。

そして隣に居る酔っ払いは、冗談めかして怒ったフリをしたかと思えば、ふっ…とスイッチが切れたかのように突然真面目な顔になった。
突然の変わりように、俺は八尾にくぎ付けになる。

「八尾?」
「あのね…えっと。聞いて、下さい」
「…ん、なんだ」

八尾の瞳が、真っ直ぐにこちらを捕える。あまりに熱っぽい真剣な表情に視線を外してしまいそうになるのを堪えて、次の言葉を待つ。

「あのね、俺……来月、東京に行くんです」

ガツン、とその言葉が脳みそを揺らす。

うちの会社は最北端の県にある、しかし有名な会社の支社にあたるそこそこにでかい組織だった。
東京に異動ってことは間違いなく栄転なわけで、上司としては大手を振って喜んでやるべきとこだろう。
――なのに。

「そ…う、なのか…」

俺から出た言葉はなんとも情けない、こんなしょうもない一言だった。

「はい。今日知らされたんですけど…山内さんには…最初に言っておきたくて」
「…そうか」

しょぼくれた部下の顔が自分の瞳に映る。
でもきっと自分自身も、こいつとさほど変わらない顔をしているのだろう。

今までほぼ毎日顔を付き合わせてきたこいつが居なくなると思うと…どうしようもなく胸が苦しくなってくる。



「………山内さん、」
「…なんだ…」

暫く間を置いて、何かを決意したような顔付きに変わった八尾が静かに俺の名を呼んだ。

「……俺に、思い出をください」

そう言ったやつの顔は恐ろしく真面目で、切なそうに眉を寄せていて。なんとなく心をえぐられたような気分になる。

…どう返事をしようか決めかねていると、待ちきれないのか八尾はぐっと身を寄せて向かい合う形にさせられた。

互いの顔が、ただの上司と部下ではありえない距離にまで、縮まっていく。
というか、なんで俺は抗わないんだ。

「……っ」

鼻と鼻が付いたところで漸く動きを止めた八尾は、「肯定って解釈してもいいですか?」と緊張感のこもる声色で俺を見つめる。

俺は、顔を逸らして俯いた。




「山内さん…好き…好きです…」

譫言のように呟いた八尾は、俺の顎をそっと掬って上を向かせ、視線が合うと微かに目を細めて……自らの薄くてかさついた唇に、わずかに震える若々しい唇を重ねた。

「っん……」

――率直に思ったのは、こいつ本気だったのか。だった。

目の前にある部下の顔は今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっていて、自分から仕掛けたくせに恥ずかしそうに口を引き結む姿は、とても冗談やからかいの類ではなかった事が窺える。

「山内さん…やばい…好き、です…」
「ん、…わかってる」

熱情のこもる甘い響きに、年甲斐もなく胸がどくんと波打った気がした。無意識に胸のあたりをさする。

こいつ…このキスを思い出にして俺のことを諦める気なんだろうか。身勝手に憤りと切なさみたいなものが込み上げてきて、眉根を寄せながら目の前の男を見つめた。

「山内さん……」

目が合い、もう一度ひどく甘い声で囁かれる。なんだとぶっきらぼうに返せば、今度は了承も得ずに唇をふさがれた。

「んっ…!っおい…っむ…!」

抗議の言葉を発しようと口を開いた瞬間に、躊躇なく八尾の熱い舌が捩込まれカッと下半身が疼く。
先程のただ触れるだけのキスとは違う艶めかしくていやらしい行為に、情けなくも全身の力がすっと抜けてしまうのが分かった。

「んん…〜っ!」

強引に侵入してくる舌は、口内に引っ込んだままの俺の舌を無理矢理に引き出して絡んでくる。
奴の肩をぐい、と掴んでみても当然行為が止むことはなくて、むしろ激しく淫靡に口内を犯された。

「ん"っ…っ、…っぉ…八尾…っ」

苦し紛れに言うと、ハッと目が醒めたようにゆっくり唇が離された。

「すみません…歯止め、きかなくなっちゃって……」
「……ん」
「もっと山内さんの意思も尊重しなきゃいけないのに…」
「……ん?」
「すみません、今度はがっつかないように善処します」

さらりと言い切った八尾は、俺の腰に手を回して再び顔を近付けてくる。

「…ちょっ待て…!」
「……なんですか」

慌てて制せば、ぴたりと動きを止めた身体から不満そうな声が返ってくる。
かと思えば、ゆるりと俺の下半身に視線をやった八尾から嬉しそうな気配がわっと涌いた。

「って山内さん…反応してるじゃないですか…」

俺とのキスに感じてくれたの?と本当に嬉しそうに見つめられて、自分があまりにいたたまれなくなってじわりと疼く俺の下肢に、ごり、と硬い感触がした。

「俺だってさっきからこうですよ…」

腰に腕を回されて引き寄せられ下半身が密着する。股間を押し付け合うようにされて、恥ずかしさのあまりまともに八尾の顔が見れない。

「山内さん…可愛い……」
「バッ…年上の相手に失礼だぞ…」
「ふふっ、すみません…」

悪びれていない、まだどこか浮ついた声色が耳に響く。
ふと顔をあげると、そこには性を孕んだ猛る男の顔をした部下が、じっとこちらを窺うように見つめていた。










自分を好きだという自分より十以上も若い同性相手に押し倒され貞操を奪われかけるという、こちらとしても色濃く残る思い出を刻んでその次の月に笑顔で北海道から去っていった八尾は、二週間後に手土産をたんまり持って飄々と会社にやって来た。

「は?なんでお前……」

持っていた土産の中でも一番大きい包みを俺のデスクにどんと乗せる八尾を、呆然と見上げる。

「え?出張帰りですよ。東京の美味しい地酒も買って来たんで、近いうち一緒に飲みましょう?」

ニコ、と小悪魔のような笑みを浮かべた部下の脛を、周りにバレないように思い切り蹴りあげてやった。



--end------------





【あとがき】
年下×年上 おっさん受け
八尾くんの出張について、上司である山内さんが知らなかったのは…諸般の事情のためです。八尾くんが裏で手を回して山内さんにバレないようにしてたとかそんなかんじです。
なんだかんだでほだされている上司…したたかな部下……!(^q^)
お題提供ありがとうございました!

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