「雨上がったな」


「雨上がったな」



学校から帰る途中、三田村憂太はいつものように道の脇に咲いている野花を眺めていた。

「……わ、これ綺麗…」

誰に聞かせるわけでもなく、一人勝手に感想を述べながら道路の隅にしゃがみ込み、区画されたその花達を慈しむように目を細める。

憂太の通う高校から自宅までは徒歩三十分程の距離で、彼はいつもこうして一人で回り道をしながらゆっくりと帰るのがお気に入りだった。

「………?」

花びらを壊さないようにそっと指を伸ばしていた憂太はすん、と鼻を啜り、僅かに空気に混じってきた香りに眉を潜めて顔を上げる。

そこには曇天の空がすぐ近くまで迫っていて、今にも通り雨がやってきそうな天候になっていた。

家に着く前に降られなきゃいいけど、そんな風に軽く考えてゆっくり歩きだした憂太の前髪に、ぽつりと透明な空の涙がおちてくる。

「……げ」

濡れた前髪を摘みながら上を向く。
途端にぽつりぽつりと雨脚が急に強くなり、慌てて教科書の詰まった鞄を頭に当てながら何処か雨宿り出来そうな場所はないかと駆け出した。




「……わぁ」

近くに丁度あった公園のウッド調の大きな屋根付きベンチに座りながら、バケツをひっくり返したような雨模様にガクンとうなだれる。

(このままならいっそ諦めて帰った方がいいかも知れないな……)

そうぼんやりと空を仰いでいると、一つの影がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
きっとあの人も雨宿りの為にこの屋根の下まで来るだろうな、とベンチに座ったまま足をバタつかせていると、漸く見えてきたその人物に思わず足を止めて見惚れてしまう。

「…っべぇ!マジ超濡れた!」

水気を払うように頭を振って、しっとり濡れた薄い色の髪の毛をかきあげ先住民の自分に爽やかな笑顔を浮かべるその人は、学校一のイケメンとして知られる瀬名貴之だった。

「雨やばくねぇ?つか同じ制服だ、何年生?」
「あっ、あ、一年…です」

何の気無しに掛けられる問いに、口をぱくぱくさせながらやっとの思いで答える。

瀬名はそうなんだ、と綺麗に微笑み憂太の隣にすっと腰をおろして、薄っぺらい鞄についた水滴を払う。

「別に濡れて困るもんなんて入ってないんだけどね」

へらっと笑いながら使い古された鞄を掲げられ、憂太もつられるようにふにゃりと笑う。

あの瀬名先輩が普通に自分に話し掛けているという現実離れした感覚に、憂太の心はひどく高ぶっていた。
瀬名貴之という人物は、それほどまでに魅力的で人気のある、いわばスター的存在なのだ。……少なくとも憂太は、学校の八割方の人間がそう思っていると信じている。

「あ、の…瀬名先輩」
「あれ?俺のこと知ってんの?」

勇気を出して話し掛けた瞬間に失態を侵してしまった。お互い名乗ってもいないのに一方的に名前を知られていたら気持ち悪いに決まっている。

「ご、ごめんなさい…」
「ははっなんで謝んの」

なけなしの勇気も出鼻をくじかれ、早速心が折れた憂太はとつとつと謝罪の言葉を述べて頭を垂れる。

「………」
「お〜い」




瀬名はそれっきり口を開かない憂太を横目で盗み見ると、口元を手の甲で覆うようにしてあのさ…とやけに神妙に呟く。

さすがの憂太もそのただならぬ雰囲気を察し、静かに返事を返した。

「……は、い…」
「悪い、三田村君が俺のこと知ってるとか思わなくて、ちょっとびっくりした」

え、と思い隣を見る。

(先輩何で俺の名前……)

「ん?…知ってるよ。…ごめん、さっきもなんかハズくてはぐらかした。つか三田村君いんの見えたからさ、…来た」
「…っ?!」

俯いたままくぐもった声を発するその人の横顔が、ほんのりと赤く染まる。
伝染するようにボッと頬を紅潮させた憂太は、もらった言葉の意味を必死で理解しようと脳をフル回転させたが、自分に都合の良い答えしか浮かばず、結局顔を赤くしたまま目線をゆるゆると下げるほかなかった。

「な、園芸部っしょ?校門の薔薇園整備してんの三田村君って聞いてさ、それからずっと気になってたんだよね」

俺、好きなんだ、と優しく微笑む瀬名と、ばちりと音が鳴るかのように目が合った。

「…っ」

雨の音がやけに響く。
ばしゃばしゃと水が弾くその音が、まるで憂太の心のざわめきを表しているかのようで。

――視線は、まだ交わったままだ。

「あ、あの……」

おさまる様子のない心音。
瀬名は、ん?と笑みを深くする。

(好き、って……“バラ園が”ですよね?)

喉まで出かかった言葉を飲み込んで、小さくお礼を言う。

瀬名は何か言いたげにも見えたが、ふわりと上品に笑って憂太から視線を逸らし空を見上げた。

「……あ、」
「雨上がったな」

つられて憂太も上を見ると、さっきまでの空模様が嘘のように雨はあがり、雲がさーっと遠くに引いていくのが見える。

「んじゃ、行くとしますか」

瀬名は長い脚を地面にダン、とつけると軽やかにベンチから立ち上がり、ぼけっとその所作を眺めていた後輩に笑顔を向ける。

「は、はい…!」



家が思いの外近かった二人は、並んで歩きながら他愛もない話をしていた。

そんな中、無意識に足元の野花を目で追う憂太を見つめる瀬名の眼差しに、本人は気付かぬまま。



--end------------





【あとがき】

「雨上がったな」というセリフが入ったお話を!
ということで承りました!
珍しく三人称で書いてみましたがやはり難しかったです…(*´Д`)/でも書き慣れていないやり方で楽しく書けました!
実は先輩の方が先に彼のことを…!?ムフフフ続きは妄想補完していただければとおもいます。
お題提供ありがとうございました!

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