芸能人×一般人(幼なじみ)
幼稚園の頃に俺達は、ひとつの夢を掲げた。
『淕(りく)はスーパースターになって、』
『托人(たくと)はオレを支えるマネージャーになる!』
当時テレビを賑わせていた俳優やアイドル達に目をキラキラさせながら魅入っていた俺達は、そうやって何度も約束の拳を付き合わせていたものだ。
――あれから十年超が経つ。
『本日のゲストは今をトキメク若手俳優、小鳥遊リクさんでーす!』
淕は見事に約束を果たし、いつの間にやらテレビでこいつを見掛けない日はないくらいになっていた。
画面の向こうには、最近よくテレビで見る若い女性タレント相手に笑顔で受け答えをする幼なじみが映っている。…なんだその顔、全っ然笑えてねぇじゃん。
「………っは」
鼻を鳴らし、テレビを消す。
言い知れぬこの苛立ちをごまかす為に、煙草を手に取り口にくわえた。
「…………」
かち、じゅっ…
煙を肺に入れたところで、自分自身に対する苛立ちは一向におさまらない。
そりゃそーだ。
見事に夢を叶えた淕と接点がなくなって数年。
夢を叶える努力もせず、ただただ普通のサラリーマンやってる俺に…淕に会わす顔なんてねぇもんな。
はぁ、とため息をついて煙草を灰皿に押し付ける。
今日は休みだしどうしようかと欠伸をかましたところで鳴ったインターホン。
受話器を取った先に映った人物に、俺は一瞬意味が分からなくなって固まった。
芸能人×一般人(幼なじみ)
「うん?托人ん家行ったら母さんが『タッくん一人暮らし始めたのよ〜』って住所教えてくれたんだよ?ていうか托人の母さん相変わらず美人だな〜」
使い慣れたソファーに座って飄々と楽しそうに肩を揺らす淕。
久しぶりに生で見た淕は相変わらず色白で、頼りなさげな下がり眉と上品に笑うその姿は学生時代とまるで変わらない。
でも、芸能人オーラとでもいうのか…彼を纏う空気は常人のそれとは明らかに違っていて、元々イケメンではあったけれど、自分とこいつは立つ土俵が違うのだということをまざまざと見せられている気分になる。
「托人?どうかした?」
肘をついて自分への嫌悪感にうなだれる俺の気持ちに全く気が付かないのか、さも不思議そうに首を傾げられてはぁ…とため息が漏れる。
「……いや、何でもねぇよ」
***
あれから、淕はオフになる度に連絡も寄越さずうちに来るようになった。
もう何度目になるかしれない、玄関の前で俺の帰りを待つ淕の笑顔に迎えられながら、やれやれとドアを開けて靴を乱雑に脱いだ。
「お前さぁ…自分の立場とかもっと考えて行動しろよ。人気俳優が玄関先でしゃがんでんのパパラッチされたらどーすんだ」
電気を点け、お湯を沸かし、熱いコーヒーを二人分コップに注ぎながら苛立ちを口に乗せた。つか、お前なんのためにそんなうちに来たがんの。
真正面のソファで長い脚を組んでいた淕は、俺の言葉にしばし考え込むような素振りを見せたあと、
「そうだね、托人が合鍵をくれたら問題ないかもね」
「っはあぁ?!」
――その次の週から、俺が帰ると時たま温かいご飯と共に笑顔の淕が待っている日々が始まることになる。
***
淕と久しぶりの再会を果たして半年が過ぎた頃、俺はいつの間にかあいつに対する劣等感みたいなものは溶けて無くなりかけていた。
幼なじみだった頃のことを思い出し、またあの頃みたいにこうして仲良くやってくのも悪くないなんて今更ながら思っていたその時、仕事に行く前にたまたまつけたテレビのワイドショーに映ったテロップに俺は一瞬で固まった。
『人気俳優“小鳥遊リク”!熱愛か!?お相手は人気モデルのH・K』
目が点になった。飲んでいたコーヒーをぶっこぼした。
…同時に、あ、そういやこいつ芸能人だったんだと思い出した。
それともう一つ。
ここ最近ずっと側にいた淕がまた自分から離れてくのかと、せっかく昔みたいにまた一緒にいれると思ったのに、こいつは俺の知らないところでモデルなんかとよろしくやってたのかと……言い知れぬ気持ちになって気分が沈んだ。あいつに対して、初めて抱く感情だった。
「………なぁ」
「ん?」
その日の夜もしれっとうちにやってきた渦中の人物に、お前何か言うことあんじゃねーの?という視線を向ける。
それを受けた淕は、何かを迷っているような歯切れの悪い反応を見せた後に一言、
「ね、どう思った?」
と聞いてきた。
「は?どう思ったって……あのモデルってアレだろ、最近CMとかよく出てる」
「……そうじゃなくて。ね、嫌だとか寂しいとか思った?」
「…っ、」
そりゃ思うだろ。素直に喜んでやりたいのは山々だが、モデルと付き合うなら付き合うでパパラッチされる前に俺に一言あってもよかったんじゃねーの。
「…托人」
「んだよ、ひがむなって?はいはい分かった分かったオメデトーゴザ…ッ…?!!!」
投げやりに言いかけた言葉が引っ込んだのは、急に目の前にやたら真剣な顔をした幼なじみの顔が出て来たから。
淕はぬっと顔を近付けてきたかと思うと、ドラマの中で恋人役の女優相手にしていたような熱のこもる瞳でじっと見つめてくる。なっ、なんなんだこいつ…ドッキリか…?!
「ちょ…顔ちけぇって……」
「近付けてるんだよ。…ね、ちょっとは俺のこと、意識する?」
至近距離のまま、淕の目線が下にさがる。俺の唇を見ているらしいその淕の表情は、ドラマでも見たことがないくらい情熱的で、色気があった。…思わず、つられてこちらも相手の唇を見てしまうくらい。
「…っ、」
「托人……」
ゆっくりと、元々少ししかなかった距離が詰まっていく。
「…っ!!!」
唇をふさがれる直前、淕は言った。“好きだよ”と。
「ふ…っ…んん…っ…ん…!」
頭の中が真っ白になる。
お前なに言ってんだとか、熱愛記事がでたその日に幼なじみにキスなんて最低だとか、お前なにやってんだとか、お前なにやってんだとか……。
頭の中は色んなことが処理しきれずにぐちゃぐちゃなまま、やけに手慣れた幼なじみからのキスに抗うこともせず、中に侵入してきた淕の舌がねっとりと俺の口内を犯していた。
「托人、ずっと前から……子供の時から、托人のことが好きなんだ」
ゆっくりと離れていく淕の顔は、真面目そのもので。唇をぎゅっと閉じて子供みたいに不安そうに眉を下げながら俺からの返答を待つ淕は、面白いくらいに弱々しく見えた。
「おま……なぁ、じゃあ何で写真撮られてんの?」
淕から距離をとって、腕を組んでチロリと睨みあげる。
「そ、れは……」
言い訳を探すように目を泳がせる淕に、腹が立った。
「んだよ、お前そーゆう奴だったんだな。……失望したわ」
「ごめん!!」
言うや否や大声で頭を下げ始める淕に、やっと言い訳が思い付いたのかとため息混じりに視線をやる。
「ごめん…ごめん、托人」
「だから何だよ、何の謝罪なんだよそれはよ」
むしゃくしゃして髪を掻きむしりながら、どうしようもない苛立ちに眉を寄せる。
「…アレ、嘘なんだ」
「は?」
「アレさ、今度やる映画のPRの一環なんだ。そのうちメディアにも出ると思う」
だからあの子と俺はただの共演者なんだよと告げられ、急に襲ってきた羞恥心に顔がバッと赤くなる。
片腕で顔を隠せば、そっと淕の長い腕に掴まれて引き離された。
「ちょ…っやめ…!」
「なんで?托人が顔赤くするなんて珍しいもん、ちゃんと見たいよ」
じたばた暴れる俺のもう片方の腕も奴に掴まれて、両手の自由を奪われた。
恐る恐る前を向いたその先では、上機嫌な幼なじみが特上の笑顔でこちらを見ている。
「托人、好きだ」
「〜…っ!」
目が合った瞬間再度そう言われて、何も答えずにいると淕はしびれを切らしたように目を細めて「キスしていい?」と聞いてくる。
「はっ、はぁ?!」
「托人も好きだよね?俺のこと」
俺が頷き終わる前に、唇は塞がれた。
--end------------
【あとがき】
『芸能人×一般人(幼なじみ)』
あっれあんまり芸能人らしさが出てないような・・・(´Д`;)すみません…
これからきっとベッドインするであろう二人に幸あれ!
お題提供ありがとうございました!
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