どっちが嘘かも知らないで。


「センパイ!センパイ!」
「…………。」

後ろにかかる声変わり途中の嗄れ声を無視してスタスタ歩く。いつもの事だ。

「センパイ!待って下さい!」
「…………。」

なんでお前を待たないといけねんだよ。用があんならてめぇがオレに合わせろってーの。

「せっ…せんぱ…っ…はっ…は…」

威勢の良かった藍の声がだんだん弱くなり、やがて消えて、あとはぜぃぜぃと息を吐く音が聞こえる。

だが、オレは足を止めることはない。絶対にな。



どっちが嘘かも知らないで。



「あっ!センパイ!」
「チッ…、なんだよ」

丸井藍。名前の如く女々しい奴。
いつもいつもオレに纏わり付いてきて、顔を合わせば目を輝かせてセンパイセンパイと寄ってくるうざったらしい後輩。

「今から自販機行くんですけど、五十嵐先輩は何飲みますか?」

人気のない中庭の茂みで寝そべっていたオレをわざわざこうして探しにきて、ニコニコと嬉しそうに首を傾ける。なんなんだこいつ。

「チッ…つかてめぇ蓮でいいっつったろ」

五十嵐という苗字は嫌いだから下の名前で呼べと、こいつに懐かれ始めた頃にそう命令したのにも関わらず、いつまで経っても言うことを聞きやがらねぇ。

睨みをきかせれば、えへへ…すみませんと藍はこめかみをかきながら苦笑いを浮かべた。

「じゃ、蓮先輩はバナナミルクでいいですか?先輩甘いの」
「嫌いだっつってんだろ」

怒りを込めた低音を捻り出す。
驚くでもビビるでもなく「ハ〜イいつものブラック買ってきま〜す」と何故か上機嫌で踵を返す後輩の背中を、半眼で追っていた。




藍はオレに好意を持っているらしい。好かれるようなことをした覚えは皆無だが、まぁパシリとしては使える奴だから良しとする。
直接告白されたわけではないけど、あいつの態度がただ慕っている先輩に向けるってのには甚だ程度が過ぎてるということは、とっくにオレだって自覚していた。

「美味しいですか?センパイ」
「…………。」

馴染みのコーヒーを口に付けながら、真正面で勝手に花を咲かせている後輩の視線にうんざりと目を伏せる。

「センパイ……」
「……いつもの味だ」
「!」

そうですね!と目を輝かせて頷いた藍は、ひとしきり満足したのか自分の分のミルクティーの封をカチャリと開けた。



***



「あの…センパイ、東京の大学行くんですか…?」
「あぁ?」

放課後オレの靴箱の前でストーカー宜しく待ち伏せしていた藍に、開口一番そう眉を下げられた。
どっからそんな情報を仕入れてんだよ。

「…お前には関係ねぇだろ」

吐き捨てて靴を穿き替えようとすると、シャツの裾をギュッと握られて一瞬動きが止まる。

「離せよ」
「イヤです!なんで…なんで、ボク、センパイが卒業するだけでも寂しいのに……そんな…」

ぐずぐず泣き出され、仕方なく藍の手を乱暴に掴む。
反射的に藍が驚いたようにオレを見上げた。

「チッ…てめぇこんなとこで泣いてんじゃねーよ……こっち来い」

そのまま半ば引きずるようにして校門を出た。






藍はオレが東京に行くとどっかで聞いたようだけど、オレも実はこいつが来年フランスに長期留学するという事実を知っている。
藍と先公が喋ってんのを聞いただけだから真偽のほどは定かではないが、まぁ大方真実だろう。藍の母親がフランス人で母国に居るっつってたし、藍にとっちゃ母親と過ごせる格好の理由だからな。

それなのに……それなのに。

毎日毎日鬱陶しいくらいセンパイセンパイと付き纏われて、ひたすらに勝手に懐かれて、笑顔でパシられて、剥き出しの好意を向けられて……気付けばオレの中でこいつの存在は思ったよりでけぇものになっちまったっつーのに。

海外に行くんだろ、お前。
居なくなるんだろ、来年。

意味ねぇことすんなよ、クソが。


「…セン、パイ?」

背中にかかる不安気な声にハッとして足を止める。
思案から目を覚まして振り向けば、いつの間にか泣きやんでいたらしい藍のしょぼくれた顔が見えた。

「ここ座れ」
「はいっ」

誰も人が寄り付かない古い神社の石段に、俺達は腰を降ろした。



「…泣きやんだか」
「!すっ、すみません…!」
「…鼻赤ぇ」

ふ、と笑うと、藍は尋常でないくらい目を真ん丸くする。

「なんだよ」
「あっいえ……なんか、蓮先輩が笑うのって珍しいから」

嬉しいんです、と目を細められた。

「…そーかよ」

――そう言ったオレの小さな声は、被るように藍の口から発された言葉にかき消えた。


『蓮先輩、好きです』


真っ直ぐな視線とぶつかる。

目を逸らしたのは、オレの方だ。


「……オレはお前と付き合う気はねぇ」
「わかってます」

聞いてくれて、ありがとうございました――

そう言って涙をこらえながら笑う後輩を、やりきれない気持ちで見つめた。



--end------------





【あとがき】

『どっちが嘘かも知らないで。』
両片想い。なのかな。普段あまり書かない真っ直ぐハッピーエンドではないものになりました。二人はこのあと互いの嘘と勘違いに気付いてくっついてくれたらいいな。
お題提供ありがとうございました!

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