それはいつか叶う約束の一歩目


二年の半ば頃フランスから転校してきたノエルと付き合う事になったのは、学年が上がってクラスが変わったことがきっかけだった。

それは自然な流れだったと思う。

金髪にスカイブルーの瞳、絹のような白い肌に整い過ぎた顔のパーツ。360度フランス人然としたノエルをみんなどこか遠巻きに、それこそ異国の王子扱いで近付こうともしなかった中、唯一俺だけがノエルの側にいたから。



『澄、僕はキミのことを愛してしまったみたいだ……』

こんな僕を軽蔑するかい?と弱々しく自嘲気味に笑うノエルを抱きしめたその日、俺達は恋人同士になった。


――俺達が別れる日まで、あと一年。



それはいつか叶う約束の一歩目



ノエルはフランスのどっかの王族の家系で、妾の子という立場から一旦追いやられる形で日本に来た。
しかし直系の息子達がこぞって親に反発し後を継がなかった為、高校を卒業すると同時に国に帰ることになったらしい。

「イロイロ大変みたいだ。…せっかく澄と一緒になれたのに、いやだな」

肩を落とすノエルの艶がかる頭をわしゃわしゃと撫で、大丈夫だと笑ってやる。

「俺はまだガキだし、ノエルに着いてくなんて無鉄砲なことはまだ言ってやれないけど……いっぱい勉強して、いつか絶対…フランスに迎えに行くから」
「澄……」

きつく抱きしめ合って、顔の横にキスをひとつ。

「大好きだ、ノエル」
「僕もだよ……もう、何だか堪らないな…」

熱っぽく交わった視線の先には、明らかな劣情の燈る瞳が映っていた。




「んっ…ん、ぁ……す…澄…っ」
「っ…、ノエル、綺麗だよ…すげぇ、綺麗…」

性に多感な高校生である二人が付き合ってまもなく身体を繋げてからというもの、俺達はどっぷり熱に浸かったようにセックスという名の愛を確かめ合う行為に嵌まっていった。

「…あっ…あん…っ!気持ちい…澄…澄…!好き…好きだ……っ」
「んっ……っ、はっ…ノエル…っ!」

互いに愛する者の名を呼び、ぶるると身体を震わせながら快感の絶頂に達する。幸せを噛み締められる瞬間。
そう、俺達は幸せだった。



***



「卒業旅行か〜クラスのやつ行く?沖縄だってよ」

小雨の降りしきる肌寒い放課後。
下駄箱へと続く廊下をゆっくり歩きながら、チラリとノエルの様子を窺う。

「ん〜…僕は澄と二人だけで行きたいなぁ」

ノエルは、笑っていた。

「〜…っ。そうだな!」

喉元に引っ掛かった言葉を飲み込んで、涙腺へ流れる粒を引っ込めて。
俺も負けじとニッコリ笑った。



***



「な〜お前ら二人は卒旅参加しねーの?なんで?」

休み時間、クラスメイトに何気なく言われた言葉。
早弁をしていた俺の箸は止まり、パックジュースを飲んでいたノエルの嚥下もまた、ぴたりと止まった。
今更感づかれたところでどうしようもないのだけれど、ノエルの身分的なこともあるし。

「まーな、色々あんだよ」
「ふ〜ん?」

特に興味なさ気なクラスメイトは、遊びには付き合えよなーと軽い調子で俺達に背を向けた。

…ノエルがフランスに帰るのは、卒業式の夜。

頭に浮かぶ言葉を、現実を。目の当たりにしたくなくて、考えたくもなくて。
俺は何でもなかった風に「卵焼きいるか?」と笑った。



***



『卒業おめでとう』

今日はこの言葉をもう何回聞いたんだろう。
何がおめでたいんだ。何でどこもかしこも祝福ムードなんだ。
今日ノエルは…ノエルは……

「澄?どうしたんだい?」

ギ、と歯を食いしばった瞬間、透き通るような声がした。ハッとしてそちらに目をやると、眉を下げて微笑むノエルの姿があった。

「ノエル……なぁ、もうこのままさ、式なんて出ないで夜まで…」

周りに聞こえないよう小声で、だけど身体の震えはおさまらなくて、縋るようにノエルのシャツを掴む。

「澄……うん、そうしようか」

ノエルの瞳は濡れていた。
それでも決して涙は流さず、にっこりと目を細める。

こんな時まで俺の我が儘を聞いてくれるノエルにいつまでも頼ってちゃ駄目だと、この時気付いた。

「……っ」
「どうしたの?早くしないと先生に見つかってしまうよ?」

真っ白いシャツから手を離し、俯く。その拍子に、長かった横髪がだらりと顔にかかった。

「………ノエル、ごめん」
「澄?」
「やっぱ式には出よ」

卒業式すっぽかして男と逢い引きしてたなんて後々、それこそノエルが立派な立場になった後知れたりしたら事だ。
俺のせいで、いつかノエルに迷惑がかかるなんて駄目だ。

今更、かも知れないけど。

「澄……」

俺の表情で全てを汲み取ったらしいノエルは、今にも泣きそうな顔でありがとうと笑った。

「ん、笑お」
「そうだね、澄には笑顔が似合う」

いつも女子が騒ぎたてる王子様スマイルは、俺だけに向けられている。
胸が張り裂けそうだ。今にも泣きじゃくって、ノエルを掻っ攫って、フランスなんか行くなって、ずっと俺の側にいてくれよって、泣いて頼んで済むなら、いつまでだってそうするのに。

「……ノエルもだ」

ノエルと会った日のこと、告白された時のこと、初めて手を繋いだ時のこと、なんでもないことで笑い合ったこと、些細なことで喧嘩したり、すぐに仲直りしたり、会いたくなって夜中に家を飛び出したり………

ノエルとの思い出があまりにも多過ぎて…悲しいなんて一言じゃ表せないくらいに心臓が押し潰されそうだ。

「澄、愛してる」
「俺も…愛してるよ、ノエル」

俺達は、まだ式が始まってもいないのに二人で涙を延々と流しながら笑った。
事情を知らないクラスメイトはお前ら早ぇよ!と笑ったり、女子はつられて泣いたりしていたけど、俺達の耳には入ってこなかった。


――その日俺達は、さよならをした。

そう、これからは別々の道を歩いていくんだ。












***




「王子、この度新しく屋敷に従事する事になりました者を呼んでおります。ほら、挨拶を」
「…?」
「はい、失礼します。本日よりこちらで働かせて戴きます、仲条澄と申します」
「…っ!!!」



--end------------





【あとがき】

『それはいつか叶う約束の一歩目』
好き同士なのに別れなければいけない、もう会えないというのはとても悲しいことだと思います。書きながら、二人のことを想ってウゥ(´;ω;`)となりました。
でも最終的にはハッピーエンド!
お題提供ありがとうございました!

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