言葉を交わさなくても会話が出来ちゃう幼馴染以上恋人未満
「……永久」
「ん〜?あーはいはい分かりました買ってきますよっ、と」
昼休み。
幼なじみの忠臣の分のコーヒー牛乳を買いに行こうと席を立つオレに、隣に居たあんま親しくないクラスメイトから『え!?今会話になってた?!』とすげー驚かれた。
「なってたなってた。ねー?」
ニシシと笑みを作って忠臣に視線を投げれば、黙ったままコクンと幼なじみの頭が下がる。
「な?」
「……すげー…意味分かんね」
お前に分かんなくたっていーんだよと心の中で悪態をつきながら、購買へと足を向けた。
言葉を交わさなくても会話が出来ちゃう幼馴染以上恋人未満
「あ、やべ」
「……どうせまたジャージ忘れたんだろう。貸してやる」
忠臣と並んで歩く登校途中、今日体育あんのにジャージ持ってくんの忘れたと気付くや否や、隣でしょうがないなとでも言いたげに笑う気配がした。
「さーんきゅ。助かるわ」
「……でも今日」
「いーっていーって!お前の汗なんか嗅ぎなれてんよ」
ケラケラ笑えば、ローファーの先でふくらはぎをガッと蹴られた。
「って!はは、オレだって別に洗って返すつもりねーしおあいこっしょ!」
「おまっ…そこは洗えよ」
なーに今更!と豪快に忠臣の背中をバンッとたたいたところで、学校敷地内に植えられている大きな楠の木が見えてきた。
べつに学校が嫌いなわけじゃないけど、あのでっけー木見るとなんか『うわ、もう学校だな…』って気になんだよな。
「な、思わね?」
「…何が」
さすがにそこまで読み取っちゃーくんねぇかとひとりで苦笑して、薄っぺらい鞄をよいしょとリュックみたいに肩にかけた。
***
俺と忠臣は幼なじみだ。
幼稚園の頃から惹かれ合うようにずっとつるんできた。
みんなとワイワイ騒ぐのが好きなちゃらんぽらんなオレと、中学の時から剣道部なんかに入っている忠臣とはタイプがまるで違うのに、いやタイプが違うからこそ…磁石みたいにお互いうまく引き寄せ合って、俺達は幼なじみで親友という立ち位置をずっと崩すことなく今までやってきた。
「永久、」
「うぉーサンキュ」
体育が終わったばかりの忠臣が、暑そうにジャージの裾をパタパタ捲って腹に風を送りこみながら教室にやってきた。
椅子に座ったまま忠臣がこちらに来るのを目で追っていると、奴は豪快に着ていたジャージを脱いで「ほら、」と渡してくる。
「脱ぎたてほっかほか!」
「…文句言うなら返せ」
「冗談冗談」
♪が付いているかのようなオレの物言いに何か言いたげな視線も感じたが、んまぁ気にせずその場で自分もちゃっちゃと制服を脱ぎ捨てて体操服になる。
「有り難く着させてもらいますよーっと」
言いながら、半袖の体操服の上からまだ温かいジャージを着込む。
瞬間ほわっと良い意味で男臭い香りが鼻をくすぐって、なんか忠臣らしい匂いだなと心の中で思った。
「お前何笑ってんだ」
「え〜今オレ笑ってた?」
幼なじみにジャージを貸した為半袖となった忠臣は、なんとなく両腕をさすりながらじと〜…と目を細める。
「つか教室誰もいねーし!オレも行くな!」
こそばゆいような面持ちになったオレは忠臣の視線から逃げるように、ばたばたっと勝手に教室をあとにした。
***
もし忠臣が、あんな顔だけは良いけど愛想のないデカイ男じゃなくて、小さくて可愛いゆるふわ系女子とかだったら〜…と、思ったことがある。
そしたら多分幼なじみとしてある程度仲良くなって、でもそのあときっとどこかで男女の壁が立ち塞がると思う。
スキとキライとか、男だから女だからとか。
う〜ん。
考えただけで面倒くせぇ。
男と女って脳みそから作りが違うっていうし、多分性別の諍いは一生越えられねぇと思うんだよな。
だからやっぱりオレは忠臣が幼なじみでよかったと思うし、あんな馬の合う奴なんてこの先一生できない気がする。
…たらればの事を考えてもしゃーねぇなと後ろ頭をかきながら、何となしに窓に目を向ける。
裏門の近くに植えてある大きな楠の木が、秋の乾いた風に揺られて葉っぱを揺らめかせていた。
…やっぱあの木あんま好きじゃねーな。なんでだろ。
ため息をひとつついて、このクソつまらない英語の授業を寝て過ごすことに決め机に突っ伏した。
***
昼休み珍しくこっちの教室こねーなと思って忠臣のクラスまで足を運んだオレは、そこに居ないターゲットの所在確認のためテキトーな奴に声をかけていた。
「え、えっと、あの、結城君ならさっき階段降りてくの見たけど…」
「そっか、ありがとな!」
オドオドと話す名前も知らない同学年女子に軽く手をあげ、心の中で舌打ちしながら踵を返す。
ったく。どこ行ってんだ忠臣のヤロー。せっかくジャージ返そうと思って持って来てやったのに。メシ食ったらさっさとうちのクラス来いよなー。つか何か用事あんなら言っとけっつの。完全に無駄足こいたじゃん。
身勝手なイライラを手に持っていたジャージに込めて、廊下の奥に居た知り合いの名前を呼びながら投げ付けてやる。
「さーーーはらーーっ!!」
「なんだよ…ってうわ!っだよオマエびっくりすんだろーがー…!」
振り向き様の顔面に見事ヒットしたジャージを拾い、佐原はお返しにソレを投げてよこす気なんだろう。持ったジャージを丸めようと一度広げて胸に書いてある名前の欄を見て一瞬固まり、こちらを向いた。
「コレお前んじゃねーじゃん!」
「いーんだよ、忠臣のなんだから」
まるでオレの嫁みたいな言い草に我ながら笑えてくる。
でもまぁほんと忠臣のなんだし、相手はオレだし、ジャージくらいどーだっていいっしょ。
そもそも返そーと思ってたのに居なかったのはお前なんだから投げて遊ぶくらい大目にみて当然だろ!
「…?なんだ、どした佐原?」
一人ぐるぐるとさっき火のついた身勝手な怒りがまた燻り始めていると、佐原が窓から下を凝視していることに気付いた。
「さーはら〜?」
返事もしない佐原に眉をひそめたオレは、とことこ隣まで歩いて窓に身を寄せた。ら――
「……は?」
「結城ってモテるよな〜…」
楠の木の下で向かい合う忠臣と女子の姿が目に入った。
途端に胸が焼けるようなドス黒い感情が身体中を支配していく。
「…忠臣ってモテんの?」
思ったよりも低い声が出てそんな自分に驚いたけど、佐原が笑いながら答えた言葉の方がもっともっと、オレには衝撃的だった。
「は〜?今更ひがみか〜?あいつ超モテんだろ。この前もあの木んとこでコクられてんの見たぜ」
「そ、うか……」
一気に崖から突き落とされたような気分になった。
でもこれは、ひがみや妬みなんかの感情…なんだろうか。
「あ〜…こりゃまたフッたな。なんであいつ尽く告白断んだろ〜…今の子も可愛いのに付き合えばいいじゃんな?」
佐原の軽いノリに「あぁ…」と心在らずで返事をしながら、ぺこぺこ頭を下げている女の頭と、苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに手を振る忠臣の姿をひたすら目に焼き付けていた。
「あ〜…だからオレ、あの木嫌いなんだ」
ぼそりと呟いた台詞に、佐原は気付かない。
はぁと長いため息をついて、心に咲いてしまったひとつの感情を、どうしたもんかと頭を抱えた。
--end------------
【あとがき】
『言葉を交わさなくても会話が出来ちゃう幼馴染以上恋人未満』
はたからみたらカップルか!と突っ込まれてしまいそうなほど既に以心伝心な二人が、いよいよ片方の自覚により関係が変わっていく…えぇ、大好物です\(^q^)/周りは二人の間に流れる空気がちょっと変わったことに「やっとか…」とか思ってたらいいなとおもいます。
お題提供ありがとうございました!
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