02


***



―――side 花園みつき



自分の父が立ち上げたこの花屋『bonheur(ボヌール)』を継いでから、もう同じ季節を二周くらい経験している。

自分が店長になって三回目の春、何かがいつもと違うと感じたのは、少し仕事に慣れてきただとかそういうことではなくて。

――不良じみた高校生の常連客。

背が高くスラッとしていて、だるんだるんに着崩した制服も顔が良い分よく似合っていた。
間違いなくモテる部類に入るだろうヤンキー高校生を前に、とにかく係わり合いにだけはなりたくないな…と思っていたのをよく覚えている。

それなのに彼は何故だか自分に話しかけてきた。
花に興味もないだろうに、毎日足しげくうちの店にやってきては適当に目に付いた花を買って、少しばかり自分に世間話を振ってから笑顔で帰って行く。

最初はからかわれてるだけだろうと思ったし、花達が並べてある店先にタバコやガムでもポイ捨てされようもんなら即刻通報してやろうと思っていた。


「まだ夜はやっぱさみーな〜!はい、差し入れね」

缶コーヒーを手渡され、手の平からじんわりと温かくなっていく。
夜の肌寒い風はもとより、花屋は基本的に冷たい水を使うし室内も花達に適した温度に保たれているから、花屋の店員は冬場は地獄だとよくいわれている。

「あ…りがとう」
「ん、つか手冷た!大丈夫?」

春からうちの店の常連になった東堂くんは、今やすっかり不良ではなくなりただの善良な高校生だ。…見た目だけは。

さすがに半年間ほぼ毎日顔を合わせて剥き出しの好意を向けられれば、自然と仲も良くなってしまうというものだったりする。人間の感情は花よりも複雑そうにみえてすごく簡単だから。

「大丈夫」
「そっかそっか、んじゃ〜ね〜今日はこれ!もらえる?」
「アイリスですね、ありがとうございます」

ペコリと頭を下げて店内に戻る。カウンターで作業をしていると、薄っぺらい財布をパタパタと意味もなく開閉しながらゆっくりと東堂くんもレジへと歩いてくる。

「…どうぞ」
「うぃ、これ代金ね」

チャリンと受け皿にぴったりの金額を置いて、受け取ったアイリスを満足そうにしげしげと見ている東堂くん。

ありがとうございましたとお決まりの台詞を吐いてから、最近言うようになった「お気をつけて」を今日は言おうかどうしようか迷う。
そんな毎回言ってもあれだろうか。前までは早く帰れみたいなこと言ってたくせに調子いいなとか思われてもなんとなく心外だし。

「みつきクン!帰り気をつけてな!じゃ、また!」

一人悶々としていると、東堂くんはそうニカッと爽やかに笑って手を振ってくる。
この人は…ほんと…もう……

「……早く帰って下さい…!」



***



「いらっしゃいませ」
「アラアラ若店長サァン!なんか元気なくなぁい?大丈夫なの?」

最近、近所のおばさんやよく花を買っていただくお客様からよくこう言われるようになった。

「…大丈夫です、すみません」
「大丈夫ってアンタひどい顔してるやないのぉ!ほら!飴ちゃんやるから元気だしぃ!」

今日二人目だ。
飴をくれた少し派手目なお客様に笑顔を返して見送ってから、はぁと息をつく。

この一週間。
自分の心配をしてくれていたのに「早く帰れ」なんて言ってしまったあの日から、東堂くんがパタリと店に現れなくなった。

殆ど毎日店に来ては笑顔を見せて、花を買い、学校の話や友人の話、髪型どーしよーなどくだらないぼやきを聞いて、最近はよく自分も話してたと思う。
それでもやっぱり煩わしいとさえ思っていたはずなのに、知らない間に自分の中で彼の存在は軽視できないものになっていたということなんだろうか。

いざ一週間も顔を見ないとなると少し…ほんの少しだけ、調子が狂う。気がする。




そしてそれからまた一週間。
東堂くんは店に来ることなく、胸に穴でも空いたような虚無感に襲われながら、日々を過ごしていた。

「や〜だからサァ?バイクでチキンレースやったんだけど〜諒のヤツぶっこんでバイク大破さして大勝利したワケよォ〜」

店先の花を並べ替えていると、後ろから間延びした若者らしい会話がふと聞こえてきた。
聞き覚えのある声な気がしてそろりと振り向けば、東堂くんと初めて会った日に隣にいたコだとすぐにわかった。

どうやって脳が指令を下したのかも覚えてないくらい早く、自分はヤンキー集団の中に割って入って「諒って東堂諒のことですか?」と金髪頭の友人のシャツを掴んでいた。



***



―――side 東堂諒



「…………………っ、え」

バイクで事故を起こして全身骨折なんてして入院を余儀なくされたバカな俺の目の前に、ココに居るはずのない人物が突然現れプツッと全ての思考が停止した。

「えっなっ…知っ…なっ」

言葉すらまともに喋れずただたじろぐ俺に、ひどく心配そうな眼差しが降りかかる。…こんな顔、初めて見た。

「……っ」

『bonheur』と書かれたエプロンの裾をくしゃ、と力一杯握りながら今にも泣きそうな顔をしている。
花園みつきクン。――俺の好きな人。
花屋の店主で、花が大好きで、花以外に興味が無くて、だから俺にも基本素っ気なくて、初対面の時なんかそりゃもうこっぴどくあしらわれて、でも最近はわりと普通に話せるようにまでなって、そろそろ本格的にコクろうかなと思ってた矢先にこんな事故なんか起こして会いに行けなくなって、…会えなくなって、俺とみつきクンの接点なんて、俺が花屋に行かない限りゼロなんだと初めて気付かされた。店員と客なんて友達なんかより全然遠いんだと。だからみつきクンも、今まで毎日のように通っていた俺が来なくなったことに『アレ?』くらいは思ったかも知れないが、それで終わりだと、俺の存在なんてその程度でしかないんだと。思っていたのに。

「とっ……堂くん」

鼻水混じりの蚊の鳴くような声が、俺の名前を呼ぶ。
ゆっくりと彼の顔を見上げれば、

「…し、んぱい…したんだぞ…」
「…!!」

みつきクンはそう言って、一粒の綺麗な雫を零した。



***



「あの、さっきはちょっと取り乱しただけだから。忘れてくれたら嬉しい…」

あのあとタイミング悪くウチの母親が見舞いに来て、ガラの悪くない友人の見舞いに喜んだ母ちゃんからの質問攻撃とお菓子食べな攻撃に一通り対応してくれたみつきクンは、そのおかげもあってかいつもの調子に戻ったようだった。

母ちゃんが帰ってから改めて椅子に座り、居心地悪くそう言ってこめかみを掻くみつきクン。

「忘れるわけないでしょ。すっげ嬉しい。ありがとな」

気持ちが伝わるように、しっかりと目を見て言う。

「……忘れてよ」
「やだね!」

ニシシ、と笑ってみせれば、わかりやすく機嫌を損ねるみつきクン。超可愛い。つか、嬉しすぎてニヤけちまう。

「あ!」

あることを思い出した俺は、ベットの脇にあるTV台の引き出しの上から二番目の扉を開けるようにみつきクンに頼む。

「…何……って、これ」
「今度みつきクンとこ行ったら渡そうと思ってたんだ」

赤いチューリップが描かれたハンカチ。なんとなくみつきクンぽいかなって思って買ったその帰りに仲間達とバカやって事故したから、引き出しにしまっておいた。まさかこんな形で渡せるとはな。

「あ、りがと」
「ん」

案外素直なみつきクンに内心ドキドキするのを隠しながら頷き、嬉しそうにハンカチを見つめるその姿があまりに可愛くて目を細める。

「……あ、」

なにかを思い出したように手をぽんと叩かれ、無言のままみつきクンが床に置いた大きな紙袋に手を伸ばす一連の動作を眺める。

「…っ、はい。これ」

みつきクンが差し出してきたのは小さめの花びらが5、6枚ある赤い花。
左手だけは幸い無傷なので、ぎこちなく腕を伸ばしそれを受け取った。

「綺麗な花だ。ありがとう」
「…フロックス、っていう花」
「そうなんだ。すげー嬉しい。マジありがと」

あのみつきクンが俺のために選んで持って来てくれたという事実が嬉しすぎて、泣いてしまいそうだ。

涙腺を駆け巡る神経に必死で歯止めをきかせながら、みつきクンを見上げる。

「そ、それじゃ。お大事に」
「治ったらまた絶対店行くから!ほんと…ありがとな…っ!」

さっさと立ち上がって病室をでていってしまうその華奢な後ろ姿に声をあげて、我慢しきれずに俺は涙を流した。



--end------------





【あとがき】

ピンクのチューリップ
  ……愛の芽生え
ハナミズキ
  ……私の想いを受けて下さい
アイリス
  ……あなたを大切にします
赤いチューリップ
  ……愛の告白
赤いフロックス
  ……あなたの望みを受けます
という花言葉を添えて。
ちなみにご店の名前『bonheur(ボヌール)』はフランス語で幸福という意味です。
本当は花言葉をメインにもっとシンプルなものにする予定だったのですがなんだか長くなりました。が!楽しく書かせていただきました!
お題提供ありがとうございました!

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