02


***



なーんかここ最近、一城課長のヘンな場面にばっか遭遇してるおかげか、会社でも何気なく彼を目で追う回数が増えた気がする。気になる、とでもいうべきか。うん。

「久野……零すな……」
「え?わっ!すすすすみませ…!拭くもの拭くもの!」

うちの部署だけの軽い打ち上げ会。
そそくさと一城課長へビールをお酌していたはずが、誤ってグラスから溢れるほどに注いでいたらしい。
無礼講という言葉が辞書になさそうな一城課長は、恐ろしく低い声で注意を促した後フキンで周りを拭く俺をギロリと一瞥した。

「す、すみませんでした…」

黄色い液体が広がるテーブルを綺麗に拭きあげ、最後に紙ナプキンで一城課長の手に垂れた雫も全て拭き取ってから改めて頭を下げる。

「ったくお前は……」

眼鏡の真ん中を中指で押し上げ、ため息混じりに始まったのは……いつものお説教だった。




「ちょ、もう勘弁して下さい…!」
「いいや、私はまだお前に言いたい事が沢山ある。折角の宴の場だ、今言わないでどうする」
「せっかくの宴の場だからじゃないですか…!」

あれから小1時間ほど、俺は一城課長のぐだぐだと長すぎるお説教を受けていた。
うちの部署だけで30人以上はいるそこそこ大人数の飲み会の場だというのに、哀れみの目を向けるだけで誰も助けてはくれず、俺は奥まった席で一城課長と二人延々と過ごしていた。

「か、課長ぉ!飲みませんか?!ほら、もっと飲みましょうよ!ね!」

普段から基本一城課長は静かに怒りを潜ませながら我々に説教をするが、淡々と注意点を挙げて罵詈雑言を少し口に乗せ後は放っておくのが常で、こんな風にいつまでもダラダラと一人の人間に時間を割いて話をするようなことはない。
だから多分今、一城課長はおそらくお酒にお酔いになっているのだと思う。

…だとすれば、もっともっと適当に飲ませて酔わせてしまえば解放されんじゃないか?
本格的に酔っ払った一城課長もちょっと面白そうだし。

「っね!ほらどうぞ〜…」

日本酒を両手で持ち、注ぎますから早く飲んで下さいと言わんばかりに促してみると、渋々一城課長は手にしていたおちょこを口にし一気に空にした。

「ぉお!良い飲みっぷりじゃないですか〜!ね、もっとどうぞ〜…」

わざとらしく持ち上げ、にこやかに次のお酌をする。
案外気分がよくなったのか、一城課長は先程より少し上機嫌そうにおちょこを見つめていた。




「だいったいお前……久野ぉ!おまえははくじょおもんなんだぁ……ヒッ」

三十分前の自分の選択が過ちだったと気付いたのは、隣で平然とした顔はそのままに俺にだけ聞こえる音量で舌足らずにこんなことを口走られたからだった。面白がって飲ませすぎたこの人めちゃめちゃ酔ってる…!

「久野…くのぉ…!きいてるのかあぁ…」

酔わせた手前どうしたものかと悩んでいると、シャツをぐいっと力一杯に引っ張られて反射的に引っ張られた方に視線をやる。
ほんのり赤みが差してはいるが、黙っている限り全くどうして普段通りの顔そのものだ。

「くのぉ〜……」

なのに小声でこんな可愛く喋るのは反則だろう。思わず眉を寄せて、目の前の上司をどうにかしてやりたい衝動に駆られた。

「一城課長、さっきの…何です?薄情者とかって……」

欲求に耐え、捻り出した質問。
一城課長はあからさまに顔をこちらに向けると「耳貸せ」とジェスチャーをし、何々?と顔を寄せた俺の耳元でこう言った。

「給湯室で…目合ったのに…助けろって言ったのに…おまえ逃げただろぉ」

「……えっ」と課長の顔を見た時には、すでに課長は俺の肩に顎を預けて寝息を立て始めていた。

「ちょ、一城さん……」

この日の一城課長の飲みっぷりと酔いっぷりは、社内で後々延々と語られることになる。



***



「…なんのつもりだ」
「えぇ?ダメですか?」

あれから数日後。
一城課長をデートに誘った俺に、心底不愉快そうな眼差しが突き刺さる。

「…肯定か否定かという前に久野、お前は何のつもりでそのような世迷言をほざいているのだと言っている」

終業後の誰もいないフロア。
一城課長のキレ長の瞳がキッと眼鏡の奥で光る。

「世迷言じゃあないですよ、全然。だからさっきから言ってるじゃないですか。貴方のことが気になるからデートに誘っても良いですか?って」

俺もちょっとこの人を困らせてみたくなった。ただそれだけ。

今自分にできうる最高の笑顔で、目の前の上司に首を傾げる。

「お前……ッ」
「駄目、ですか…?」

期待通り狼狽えだした我が部署のトップがあまりにも可愛く見えるのはどうしてだろう。
わかりやすく捨てられた犬のようなオーラを出すと、一城課長はぐぐ…と息をつまらせて更に動揺をみせる。

「…ま、考えてやらんこともない…」
「本当ですね?俺、期待しますよ?」

やっべぇ。まさかokもらえるとは思ってなかった。まじか…!

余裕ぶってはいるが内心かなり高揚していることに、この人は絶対気付いてないんだろうけどさ。



「…ゴホンッ。…そんな事より早く閉めて警備会社に連絡をしろ」
「あ、いつもの一城課長に戻っちゃいましたね」
「何だと…?」
「あはは、何でもありません〜今かけますね〜」

――願わくば、こんなに可愛らしい貴方を俺に。なーんて。



--end------------





【あとがき】

『怖くて苦手に思っていた上司が実は恋愛にはうぶで、そんな上司の一面を見て何故かきゅんきゅんする部下くん!』
ということで承りました!!
まだまだ全然お互いに恋愛!とまではいかないものの(久野さんはちょっとあるかな…?)、これから少しずつ距離を縮めたらいいとおもいます。スロースターター万歳(?)まぁでもデートを了承した時点で脈アリですよねうふふふ。
お題提供ありがとうございました!

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