act.58




鼻の奥がツンとなるのを感じながら、わかりましたと告げる。

なんだかわけのわからない気まずい空気が漂い始めた。

先輩はそのあと二言三言なにかを喋っていたけれど、俺の耳にはまともに入ってこなくて。

『じゃ、またな』
「…はい」

プー、プーと聞こえる機械音がいやに煩わしくて、携帯を乱暴に畳んで放り投げた。

引っ切り無しに溢れてくる涙で前が全然見えない。でもどうせ先輩が居ないのなら別に見えなくてもいいや。

「……っ、…せんぱ……っ」

日本とは何千キロも離れた場所に居る先輩。
直接会って、先輩の顔を見て話せばこんな風になんてならなかったかも知れない。

どうしよう。
不安で胸が押し潰されそう。

別れたわけではないよな…?先輩、『また』って言ってたし。
でも俺になにか文句がある風だったのに、結局言ってもらえなかった。それは俺に対する不満を溜めこんだってことだ。こんなの続けてたら絶対どこかで駄目になる。そうだよな、絶対そうだ。

「…っ………っ…」

ヒクヒク喉を鳴らして、涙で濡れた視界を拭いながらとぼとぼ携帯を拾いに行く。
なんか変な感じになっちゃったからまた着信あるかなと期待したけど、なんにもなかった。

でもやっぱり自分からは電話する勇気が出なくて、メール画面を出して宛先無記入のまま文字を打つ。

“先輩。大好きです。会いたい。今すぐ会って顔が見たい。どうして会えないんだろう。先輩が思ってることが知りたい。俺のこと嫌いになっちゃいましたか?先輩、なんで俺のこと嫌いになったんだろう…。こわい。こわいよ”

ここまで打って保存した。
指先が震えてくる。怖くてカタカタと意図せずに揺れてしまう。

「………っ、」

閉じた携帯を胸に抱いて、まるで現実逃避するようにベッドへ転がって布団を被った。



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