act.44
「…?せん、ぱい?」
咄嗟にとぼけた振りをする。
こんな自分のしたたかさもどうかと思うけど…、この時がやっときたかなんて、実はドキドキが止まらないんだ。
先輩と付き合うことになって一週間とちょっと。以来、俺達はなんにも進展していない。
健全な男子たるもの、想い合った人とそういうことをしたいと思うのは、ごく自然なことだろう。
そうじゃなくても、あと少しで先輩と離れ離れになってしまうのに…身体の関係をもつことだけが愛の重さを示すものではないことくらい分かってはいるけど、それでもやっぱり……
「目、とじて?」
顎に軽く手を添えられて、随分と手慣れた仕種で顔を傾けながら距離を詰められる。
先輩の優しい声に、素直に瞼をおろした。
「…っ、」
五回目の、キス。
「…んっ…はっ…せん、ぱ…っん」
ゆっくり甘い口づけが落ちて、それはすぐに離れていく。その拍子に先輩を呼ぼうとすれば、開かれた口に肉厚のものがぬるりと差し込まれた。
こんな、路地裏とはいえいつ誰が来てもおかしくない状況なのに。
「んんっ…んっ…」
重なった部分からくちゅりと音が立つその瞬間を合図にしたかのように、一気に火がついた俺達は互いの唇を押し付け合い、熱い舌を絡ませた。
「んっ……っ」
ああもう、やばい。
先輩キス上手すぎだし、くちゅくちゅ聞こえるこのリアルな音と、後頭部に添えられた先輩の手がやけに煽情的に動き回ってて……
「…っはぁっ、は……せんぱい…」
「っ……ん…?」
「や、ばい…です」
何が?ととぼける先輩に、小声でたっちゃいましたと告げる。
「…ん、そうか」
妙に冷静に返されて、キスくらいでたっちゃう節操のない俺に愛想を尽かされたのかと不安が背中を駆け巡ったその瞬間。
急に耳元に唇を寄せられ「俺も、」と色っぽく低い声で囁かれた。
「っ…!」
先輩、ずるい。
今ので完全に俺もう歩けなくなっちゃったじゃないか…!
「これ以上はまずいな、色々と」
先輩もヘンな気分になってくれているのか、掠れた情事の残る声でそう呟いてから彼は周りをもう一度見渡した。
「あ、あの…先輩」
「うち、来るか?」
ニコ、と微笑むその顔はいつもと変わらず綺麗な先輩の笑顔なのに、やっぱりどこか色情を感じさせるものがあって……俺は黙ってひとつ、頷いた。
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