2周年記念小説
* * *
高石啓太。
彼は最近、クラスメイトであるとある友人二人に対し、密かな疑問を抱いていた。
男子校なわけでもない、いたって普通の共学校であるうちの高校で、男子達が集まって口を開けば大抵“学年の可愛い女子”について議論するものだと相場が決まっている。
彼もそうだ、普通にクラスの友人と何気ない会話をする時は“彼女が欲しい”だの“誰とヤリたいか”だの、そんな下世話な話題がほぼ九割を占めていた。
とある二人が居る時を除けば――だが。
生
真
面
目チョコレイト番外編
「な〜高橋おまえ彼女とか欲しくねぇの?」
早速当人に疑問をぶつけてみると、問われた本人はしたり顔で要らない、とだけ答えた。
「は〜あ〜〜?なんで」
「間に合ってるから」
そう言って口角を上げた爽やかそうな少年は、すたりと席から立ち上がって逃げるように教室から姿をくらました。
心を占めている疑問がなんとなく確信に変化していくのを感じながら、今度はもう一人のクラスメイトの元へと足を運ぶ。
そのクラスメイトは昼休み中だというのに友達とだべるでもなく、携帯をいじったり机に突っ伏したりするでもなく、ピンと背筋を伸ばしたまま茶色のカバーのかかった文庫本に目を走らせていた。
「よっ」
「…あ、高石くん」
本に集中しているであろう眼鏡の少年を驚かせないように、机を挟んで前に立ち小さめの音量で声をかける。
「なぁ〜守山って彼女いんの?」
「いや、いないが」
彼の前の席の椅子に逆向きに座って背もたれ部分に手をついて何気なく聞いてみれば、速効でそんな返事が返ってくる。
真面目そうな少年は読んでいた本に丁寧にしおりを挟んでから其れを閉じて、ゆっくり自分に向き直った。
「ふーん。じゃ、彼氏は?」
「…ッ!?…っ、ゴホッ」
涼しい顔でこちらを見ていた眼鏡の少年は、この質問に一瞬カッと目を見開いてから急に咳込み、分かりやすく狼狽え始めた。
「………。え、なに守山もしかして」
オロオロと目を泳がせる少年。先程の涼しげな表情など微塵も残っておらず、完全に不意に核心をつかれた様子で口をぱくぱく動かしている。
(これはもしやいやもしかしなくてもいやぁまじかまじなのか。)
こんなに分かりやすい反応に相対するなんて思ってもなく、真面目に再度質問をしてみた方がいいのか、それとも聞かなかった振りをしてやり過ごした方がいいのか、どちらを取るべきか迷いあぐねていると……後方からガッと首根っこに腕を回されて軽く絞められた。ぐぇ、と蛙を潰したような汚い声が出る。
「おーい何守山いじめてんだ?」
声の主は先程教室から去っていったはずのクラスメイトで、爽やかで冗談めかした言い方であるのに、この自分の首を絞めている腕には中々力が入っており、満更本気で首を絞めにかかっていることが窺えた。
「…ち、ちょ"…ギブギブ……っ!」
苦し紛れに言いながら首元にある高橋の手を乱暴に叩く。すると漸くゆっくりと力がぬかれ、深く息を吸い込みながらその張本人を軽く睨んだ。
「はーっ…はっ、おま、本気で絞めにかかったろ!ふざけ…っ」
「ははっ、悪い悪い。…あー……、ちょっと守山借りるぞ?」
「あ?あ、うん…?」
人の首絞めといてそのテキトーな謝罪はないんじゃないの?っつか守山とは俺が喋ってたんだけど!
そんな言葉を紡ぐ暇もなく、高橋は守山と呼ばれた眼鏡の少年の手を取ってそそくさと教室から足を出そうとしていた。
守山のあの顔……つか高橋も高橋だけど………あいつらあれで誰からも気付かれてないとか奇跡だろ……
はぁ、とため息をついて、これは自分が後見人になってやんなきゃいかんだろ…と一人覚悟を決めた高石のことを、あの二人はまだ知らないのであった。
* * *
「た、高橋くん…!」
「ん?」
「手、手を……そろそろ離してもらえないか」
「大丈夫、誰も見てないから」
「〜…ッ」
「それとも嫌?俺と手繋ぐの」
「な"っ…!そ、そういう訳では…」
昼休みが終わる時刻まであと五分程しかないというのに、高橋くんは僕の手を離さないまま廊下をずんずんと歩いていく。あまり人通りの無い特別棟へ向かって。
先程は高石くんとの会話中、逃げるように彼を無下にしてしまって申し訳ないことをした。後で教室に戻ったら謝ろう。そんな事を考えながら高橋くんに引っ張られるようにして足を進める。
と、いうか僕としてはこんな…こんな学校という公共の場で男同士手を繋ぐという行為、以前抱き抱えられて保健室へ運んでもらった時は怪我をした僕を運ばざるを得ないという大義名分があったが、今日のこれは……誰かに見られでもしたら良からぬ事態になるのでは…と内心ビクつきつつも、手の平に感じる高橋くんの体温に安堵する気持ちと…少しの緊張を感じていた。
「ん、ここでいいや」
「……?」
高橋くんはそう言って繋いでいた手をパッと離し、廊下の突き当たりで僕を壁に追い詰めるかのように向き合った。
ん…?高橋くん、不機嫌そうな顔をしている気が、するが……
「ね、あいつに何て言われてたの?」
「や、あ、あ……と、……」
咄嗟に答えることが出来なかった。
それは先程の高石くんとの会話の内容を正直に伝えていいものかと思ったこともあるが、何より高橋くんのこんなイラついた表情を見たのが初めてだったから。どうしたらいいか、分からなくなったのだ。
「……誠」
真面目なトーンで静かに見つめられる。こんな時に、下の名前を呼ぶなど卑怯だ。心拍数が急上昇して、どくどくどく、と心臓が勝手に高鳴ってしまう。
言葉が上手く見付からず、口を開きかけたまま一時停止したように固まった。
「あ、う……」
「…ね、誠。教えて。じゃないと俺、……高石のこと、殴っちゃいそうだ」
僕の煮え切らない態度に高橋くんの眉根が歪む。
な、殴るなんてそんな。高橋くん、君はそんなことを言うような人間ではないだろう…?
「なっ、そ、そんなの駄目だ!」
「ん…分かってる……悪い…んなことしねぇよ…けど、あんな…誠、顔真っ赤にしてさ…」
「え……」
高橋くんは小難しい顔で口を引き結む。
も、もしかしたらたかはし、くん……
周りに人が居ないことを確認してから、僕は彼に一瞬ぎゅっと抱き着いた。
「高橋、くん……あの、さっき、高石くんに彼氏はいるのかと聞かれたんだ……そ、それで…パッと高橋くんの顔が浮かんでしまって……その、…多分、顔が赤くなったのだと……っ!?」
言いながら恥ずかしくなってきて尻窄まりに告げれば、最後の言葉を言い終わる前に、僕は高橋くんにきつく抱き包まれていた。
ぐっ…と背中に回っている腕に力がこもる。
「……ッ、まじか……っ!!」
「あ、あぁ」
ゆっくり身体を離され、しばし見つめ合う。
高橋くんは耳まで朱に染めながら、腕を曲げて顔を隠しその場にしゃがみ込んでしまう。
「た、高橋くん…?」
「っあ"〜…ゴメン、ちょっ…俺みっともなさすぎ…」
器用にそこにしゃがむ高橋くんは後ろ髪をがしがし掻きながらリノリウムの床から視線を外さない。
「そんなこと、あるものか」
僕も彼に倣うようにしゃがみ込む。上手くしゃがめなかったのでそのまま床に膝をついて、高橋くんの背中をそっと撫でた。
ずっと下を向いていた視線が、ゆっくりと上げられる。
「……な、キス、したい」
窺うような眼差し。
僕はキョロキョロと辺りを見回して、こくりと頷いた。
* * *
「ほんっとゴメン!!醜い嫉妬してあんな事言った挙げ句に五時間目までサボらせて……」
「そんな、全く気にしていない。それに、その……嬉しかった」
僕達は顔を見合わせて、恥じらいがちに微笑み合う。
初めてサボりというものを経験した僕は、こういうのもたまには悪くないかも知れないなと不良への第一歩を踏みつつ、隣に高橋くんがいてくれる安心感に心がどうしようもなく包まれていくのを感じていた。
「あ〜でもまさかこうして一緒にサボれる日が来るなんて思ってなかった!ちょー幸せ!つーかさっきはまじでごめんな?ほんと俺が悪かった!」
「いっ、いいんだ。何も気にしていない。高橋くん、その……」
「ん?」
耳元で小さく好きだ、と伝えると、高橋くんは顔を赤くしながら嬉しそうに笑った。と思ったら急に身体を引き寄せられて、今度は僕の耳元に唇を寄せられる。
「俺も好き。もう帰したくない……な、このまま俺んち行こ?」
「たっ…たたかはしくん……っ!!」
そ、そんな、そんなこと…!
目をしばたたきながら狼狽する僕に、高橋くんは優しい眼差しを投げて微笑する。
「はは、嘘だよ」
「う、そ…なのか……」
「わっ違!本心!本当に今すぐ誠を連れ帰りたいけど我慢するよってこと!…も、そんな顔されたらマジで理性ぶっ飛びそうになんだけど…」
そんなものぶっ飛べばいい、なんて――
恥ずかしくて言えない代わりに、僕は精一杯の接吻を贈った。
---fin---