「にぃ……どこにも行かないでね?」


休日出勤。
これほど嫌な言葉はない。毎日定時に上がることがステータスである俺が(それは勿論一人寂しく家で俺の帰りを待っている優の為なのだが)、休日という折角優と丸一日一緒に居られる貴重な日に仕事に行かなければならないのか。本当に嫌だ。仕事なのだから仕方ないのは重々承知しているがでも嫌だ。嫌なのだ。
だってしかも今日は取引先の人と打ち合わせを兼ねたランチに行かなくてはいかんのだ。そんなもん優と行きたかったよ。本当、優と行きたかった…!

しかし俺も社会人。そうも駄々をこねてはいられない。まだ朝早い為ぐっすり眠っている優の寝顔を起こさないようにしっかり脳裏に焼き付けてから、重い足取りで会社へと向かった。



* * *



「ただいま…ってあれ?」

――優が来てくれない。
いつもなら俺が玄関のドアを開けるとリビングからタッタッタと駆けてきてくれる足音がしない。え、何どういうことこれもしかして優の身に何か良からぬ…

「優…?!優…っ!」

リビングへ駆け出した俺は、こたつの中で丸まるように横になっている優の姿を発見した。

「優、どうしたんだ?お腹痛いのか?気持ち悪いのか?どうした?おい、優…?」

心臓が破裂するんじゃないかって位動揺しながら優の傍に急いで駆け寄り、愛する弟の背中を優しくさすりながら聞く。
優は何も発さず、ただ背中を丸めたまま頭をふるふると左右に振るだけだった。

「優…?体調悪くはないの?」

心配過ぎてそう優しく諭すように尋ねれば、はっきりと頭が縦に下がる。うん。具合が悪いわけではないみたいだ。良かった…!
心の底から安心したら、今度は急に“あれ?じゃあ何で優はこんなに変な態度をとっているんだ?”という純粋な疑問に辿り着いたわけで。

「ゆ、優くーん…?」

そう投げ掛けてみても、見事なまでの無反応。変だ。
俺何かしちゃったのか?もしかして優の洗濯物をいつも洗う前にくすねて使っていることがバレたとか?それともこの前優の歯ブラシを遂に誘惑に勝てず使ってしまったのがバレたか…!いやマジで心当たりがありすぎて分からない。

「優、お兄ちゃんなんかしちゃったか?」

おそるおそる聞いてみれば、優の頭はゆっくりと縦に揺れる。
え…!俺が何かしちゃったのか…!

「どっ…なっ…ななな何しちゃったかなお兄ちゃん…ご、ごめんな優?」

何を言っても優はまだ俺に背を向けたまま。どっどっどっと心臓が不穏な動きを始める。

「ゆ、優…。優に何か嫌な思いさせたんならちゃんと謝りたい。だからこっち向いて、優がそうしてる理由を聞かせて欲しい」

正座をして出来る限り優しい声で優にそう伝えると、優も分かってくれたのかもぞもぞとその小さな体が動き出した。

「に"ぃ……」
「えっ…な、なななななんで泣いてるんだ優…え、な、え…優…!」

ちらりと振り向きながら俺を呼ぶその愛らしい人の目には、たっぷり涙が溜まっていて。
取り乱すように俺は優の両肩に手をやって顔を近付ける。俺が顔を近付けても嫌な素振りを見せないということは、とりあえず嫌われたわけではないのだろう。




「にぃ……うわきした」

――衝撃が走った。たっぷり数十秒は固まった。
浮気?俺が浮気?意味が分からない。もしかして生身の優以外で抜くことも浮気と捉えられるのなら、たしかに俺は優の写真や優の使用済の物で抜くなんて日常茶飯事だから?たしかに浮気なのかも知れないが……ってそんなこと優が急に言い出すのもおかしい。

「優、どういうこと?もっと詳しく教えてくれないか?」
「にぃ…今日…仕事……った…のに……スマイル……う"っ…」

――咄嗟に全てを理解した。
スマイルというのは今日俺が取引先の人とランチを取ったオープンカフェの名前で、この店は前に優と来たことがあるし大通り沿いに建っているこの店に俺と女性が座っているところを優が見てしまったのだとしたら、浮気だと勘違いさせても仕方がないかも知れない。

「優…優…泣かないで。浮気なんかしてないから。俺が優以外の人間に興味があると思う?」
「……だっで…」
「あれは取引先の人なんだ。仕事だよ、仕事。一緒に居た女の人は仕事の人で、仕事だから仕方なく一緒に居ただけなんだ。分かる?」
「………っ」

ごめんな、と力強く優を抱きしめた。優もおずおずと背中に腕を回してくれる。優が俺の言葉を信じてくれたことに安心しながら、優にこんな嫌な思いをさせてしまったことに後悔しながら、更に俺は優をぎゅっと抱く。

「にぃ……どこにも行かないでね?」
「どこにも行かない。優の傍から俺は絶対離れたりしないよ」

背中に伝わる小さな手に、力がこもった。




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