「もうにぃって呼ぶの止める。今日から兄貴って呼ぶ事にする!」


――まさかこんな言葉を優に言われてしまう日が来るなんて。…少しも思わなかったかと聞かれれば実はそんな事もないけど、でもやっぱり直に言われるとどうしたってへこんでしまうよ、優。





「……もうにぃって呼ぶの止める。今日から兄貴って呼ぶ事にする!」
「え…なん……優っ」

事はこんな始まり方をする。
あまりに突然なこの申し出に、俺は目をぱちくりさせながらいつになく真剣な面持ちの優を見つめていた。

「だってみんな、そうしてるんだもん」

しょぼんと肩を落としながら呟く優の様子を見て漸くうっすら事情が飲み込めてきた。
うん、きっとクラスの友達とかはみんな自分の兄のことを兄ちゃんとか兄貴とかって呼んでるのに、一人だけにぃって呼ぶことに恥ずかしい、みたいな気持ちが芽生えてしまったんだろう。悲しいかな弟よ。でもこれも成長の一つではある。

「そうか…」
「にぃ…じゃなかった兄貴は嫌?」

わざとらしく悲しそうな目をしてみせる俺に、優は詰め寄りながら小首を傾げる。兄貴って呼ぶ!なんて言いながらも長年の癖が抜けずににぃって言っちゃうそんな優が可愛すぎてにやけそうになるのを我慢して、極めて悲しい顔を取り繕う。

「…いや。って言ったらどうする?」
「にぃがそんなに嫌なら…あ、兄貴がそんなにしょんぼりするなら、」

なんださっきから全然一発で兄貴って言えてないそんな優が可愛すぎる!
ふつふつと沸き上がってくる愛しいこの気持ちを抑えつつ、優の紡ぐ次の言葉をドキドキしながら待った。

優は俺の真正面に座ると両手で俺の頬を包む。そのままキスされるのかなと思って目を閉じてみたが、キスするつもりではなかったらしい。
至近距離のまま、優はゆっくり口を開く。

「…ょ…な」
「え?なに、優」
「兄貴って呼ぶの……や…よ……かな…」

ひたすらに困惑しきった顔で、優は兄貴って呼ぶのやめようかなと、そんないじらしいことを言う。俺の悲しい顔を見たくないって思ってくれる気持ちと、でも周りの子達と違うのが嫌だって気持ちで揺れているんだろうか。…でも最終的に俺を選んでくれた。嬉しい。


――そういえば優はたしかに、多分同い歳の子達よりも幼い部分が多いかも知れない。それはきっと俺がこれでもかってくらい優を甘やかして育ててしまったせいなんだろう。
両親も普段あまり家に居ないせいか優にはやっぱり甘いし。毎日一緒に居てやれないから居てやれる時は目一杯甘やかすって習慣がついちゃってんだよなぁ。
だから優は他の子達より成長が遅い…とは違うか。純粋っていうか、甘えたさんっていうか、まだまだ子供なんだよなぁ。そんなところがまた可愛いから甘やかしちゃうんだけど。

「優。ごめんな、ちょっとお兄ちゃん大人げなかった」
「…?」

ゆっくり思案に耽っていた頭を回転させて、不安気にこちらを見遣る優に微笑む。

「優がにぃって呼んでくれなくなるのはちょっぴり寂しいけど、俺は優が呼びたいように呼んでくれれるのが一番嬉しいな」
「あー…う…」

まだ気持ちが揺れているんだろうか。優が今、一生懸命何かを考えてくれているのが手に取るように分かる。

「どんな呼ばれ方でも、優に呼ばれるなら俺はなんだって嬉しい」

「にぃ……ぁ、」
「ふふ、まぁ兄貴って呼ばれるのも新鮮でいいかもな…」

よしよしと頭を撫でて、少しずつ安堵の表情に移り変わる優に微笑みかければ、にぱあっと輝かしい笑顔が返ってきた。
こんなあどけない笑顔で“兄貴”なんて呼ばれるのもそれはそれでグッとくるものがあるってもんだ。にぃって呼ばれなくなるのはたしかに寂しい…寂しいけど、ここは優を最優先にしてポジティブに考えていかないとな!

「僕、決めた!」
「ん?」

優は擦り寄るように俺にぴったりくっついて、それから上目遣いで限りなく甘ったるい声を出して。

「やっぱり…にぃ、って呼んでもいい?」

なんて、可愛いことを言う。
お兄ちゃん、今ドストライクで心臓ぶち抜かれました。

「もちろん、嬉しいよ」
「えへへー」

ちゅっとほっぺたに軽いご褒美をくれた優は、おもむろにぱたたっと走り出してキッチンへと向かった。

「?」
「にぃ!今日調理実習で作ったクッキー、あげる!」
「うおっ!やった」

心の中で盛大にガッツポーズを決めつつ、ありがとうな、とそのラップに包まれたちょびっとだけいびつなクッキーを受け取る。

「うん、美味しいおいひい!優はこんなん上手いなぁ」
「だって最初から、にぃにあげようと思って作ったから!にぃの事考えながら作ったんだよ?」

へへっと鼻の下をこするその仕種が可愛くて、そんな健気に俺のことを想いながら作ってくれたのかと思うと感動が込み上げてきて。なんかもう色々と、感極まってしまう。


「ゆ、ゆ"う…」
「にぃ?!泣いてるの?」




-----end--



[← →]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -