キタコレ文化祭02




「昼休みくらいコレ脱いでよくね?」
「はっは、却下だバーカ。どーしてもお前が女装したいっていうから、投票数一位の横田から女装権を奪ったんだろ?だったら今日一日はソレ着て売上に貢献しろ」

山下からの尤もな意見にぐうの音もでない。出るのは腹の虫の音だけだ。

「あの〜」
「すみません、写メいいですか?」
「ほーら。お前人気者じゃねーか。とっととあの子達と写メ撮ってリア充してこい!」

半ばキレ気味の山下に背中を押されて撮った写真の俺の顔は、いささか引き攣っていたことだろう。


断じて俺に女装癖はない!
俺はただ、横田にあのミニスカセーラー服を着させたくなかっただけなんだあああぁ!
と言えたらどんなに楽だろう。
頭を抱えながら、横田の姿を探す。
さっきも話の途中で給仕に駆り出されたし、横田の様子はおかしかったし、そういえば今日はバタバタしててそもそもあんまりまともに横田の顔すら見れていない。

「あ〜っもう!」

付けていたウィッグをむしり取りたい衝動に駆られつつ足を向けた廊下の先に、探し人がボーっと立っていた。

「横田!!」

が、彼は俺が近付くとゲ、といった表情を一瞬浮かべて奥の階段を昇っていってしまう。

「ちょ、横田!待てって!」
「く、来るな…」

階段中程の踊り場で振り返った横田は、唇をわななかせながらそんな悲しいことを口にして、また階段をたったと踏み締めていく。

「よこた…」

一瞬足がすくんだ。
立ち尽くしたといってもよかった。

何が横田をああもそこまで頑なにさせたんだろう。何があった?俺に『来るな』って言うってことは、少なからず俺に関係があると思っていいのか?
もしかして、俺が横田にセーラー服を着せたくないが為に裏工作をしてたのがばれた?
それとも、後々これで横田とコスプレプレイが出来るようにこの衣装を安値で買い取る算段を文化祭委員としてたのがばれた?
まさか、写真部にこっそり横田のスナップを頼んでたのがばれたとか?

こんなことを考えてる間にも横田はどんどん俺から遠ざかっていくのに、それでも俺はくだらない考えをやめることができなくて、とうとう横田に追い付くことも出来ないまま、何の因果かまた見付かってしまった山下に『ヒマしてんなら手伝え』とクラスの手伝いをさせられる羽目になってしまった。



そして『トイレに行く』と嘘をついてようやく教室という名の呪縛から離れられのは、あれから一時間ほど経ってからだった。

「どこ行った…」

横田は一度も教室に戻ってこなかったし、すれ違う友達に聞いても『知らない』『見てない』『それより写メ撮らせろ』ばっかりで、むしゃくしゃしながら辺りを見回しては落ち込んでいた。

「マジでいないし…」

もちろん電話だって出ない。
何度かけたかわからない横田の番号をディスプレイに映し出して、最後にもっかいだけ掛けてみることにした。

「………」

―――ブーッ
―――ブーッ

「っ!?」

バイブ音がする方向は、何の催しもやっていない特別棟最上階の空き教室。
なんの戸惑いもなく開けたドアの向こうには、壁に背を預けて座ったまま眠っている横田の姿があった。

黙って隣に腰をおろし、寝息をたてている横田の髪を撫でる。
柔らかくて、微かにシャンプーの良い香りがして、今日この匂い嗅いだの初めてだと今更になって気付いた。

「…っ」
「起きた?」
「っ!」

寝ぼけているにしては俊敏な動きで、横田は立てた膝の中に顔を埋めてしまう。

「…横田」
「………」

横田の正面に座り直して、肩をゆさゆさ揺らしてみる。反応はない。

「な、顔あげて?」
「………」

ここまで頑なに無反応を貫き通さなければならない理由はなんなんだろう。
もしかして、俺に別れでも告げようとしてんのか…?

「横田…シカトされっと俺もきついんだけど…」
「………」

やっぱり反応はもらえそうにない。
一か八か、そろりと横田の肩を包むように抱き寄せてみた。

「………」

反応はない。
でも拒否もされなかった。

「横田、話そ?」

少しだけ自信を取り戻した俺は、耳元に唇を寄せて優しく聞いてみる。
ピク、と肩を揺らした横田は、おそるおそるといった感じで顔をあげてくれた。


「………手伝い、行かなくていいの」

わりと至近距離で、ただでさえ麗しい瞳をキラキラとうるませながら発された言葉は、俺の脳天から股間までを真っ直ぐ突き刺すような威力を持っていた。

「もしかして勘違いしてるかも知んないけど…俺、なにがあったって横田のことしか見てないよ?わかってる…?」

いつの間にやら膝の間にまた顔を落としていた横田は、ゆっくり頭を左右に振る。

――あぁ、やっぱり。
胸に広がっていた不安がすうっと消えていく。


「横田…すきだよ…」

誠意の限りを尽くして、力いっぱい愛する人を抱きしめる。
余計な言葉は、いらない気がした。

「た…かぎ…」
「うん…すきだよ、大好きだ。ごめんな…」

背中に横田の温もりを感じ、ホッとするような横田の息遣いが聞こえてきた。

「な、なんか…」
「うん?」
「…その格好似合ってるし、色んな人と写真撮って楽しそうな高木見てたら、なん…か…」

嫉妬してくれたんだ、よこたん…!
怒涛の勢いで顔が緩みそうになるのを堪えながら、「ごめんな」と手に力をこめる。

「あっ、違うよ?今のごめんはそういう意味じゃなくて」
「わかってるよ」

くしゃっと笑った横田の顔は、今まで見た彼の笑顔の中でもベスト3に入る天使っぷりだった。





それから少しの間、横田が俺の写メを撮りたいなんて可愛いことを言うので一人ファッションショーみたいなことをやってみせたり、すね毛はどうやって剃ったのか聞かれたり、そもそもなんで女装したかったのか聞かれ渋々事の真相を暴露させられ怒られたりして、そんなことをやってるうちに今度はよこたんがクラスの手伝いに行く時間になってしまったので、泣く泣く空き教室から出て二人並んで歩いていた。

「………」

窓ガラスに映るセーラー服姿の俺とよこたんをチラと見て、もし俺が女の子だったらこんな感じなのかなと思う。
ふと視線を感じて隣を見遣れば、横田もまた微妙な面持ちでこちらを見上げていた。

「な、よこたん」
「…俺は、高木が女の子だったらいやだ」
「はは、そっか」

丸一日スカートを穿いていたせいで普通にこの格好に違和感がなくなっていた俺とは違い、よこたんはあくまで冷静だ。

「俺はよこたんが女の子だったら〜…うん、どのみち惚れてただろうね」
「ばっ…」

あからさまに照れるよこたんが愛おし過ぎて、肩に腕を回そうと思ったその時。
背の低い女の子が二人、明らかにこちらに向かって歩いてきた。

「あ、あの…!」

せっかくのよこたんとの貴重なラブラブタイムを邪魔されて些か不愉快ではあるけども、おそらく初対面の後輩女子相手にまともに喋る対人スキルなんて持ち合わせていないであろう横田の代わりに仕方なく『何?』と軽やかに返事をすれば、顔をほんのり赤らめたその子がもじもじしながら俺を指名した。

「俺?」
「はっ、はい…!あの、よかったら一緒に…」

驚いた。
一瞬、心臓が止まったかも知れない。

「おれたち、これからちょっと行く所があるんだ。ごめんね…?」

女の子と俺の間に立ちはだかるようにスッと前に出てきた横田は、今まで見たことないような最上級の笑みを湛えながら、俺が正に今言おうとしていた断り文句をつらつらと口に乗せたのだ。

「よっよよよ」
「ほら高木、行こう?」

あまりにスマートに手を引かれ、目をぱちくりさせながら挙動不審な動きしかできない俺に爽やかな笑顔が向けられる。
先ほどまで俺を見ていたはずの女の子は、既に横田にホの字だ。

よこたん、まさかの王子様属性キタコレ…!


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