おまけ『横田のターン』




*時系列遡ります
*横田くん視点です
*あくまでおまけです



―――――――


自分が“普通”じゃないことをはっきりと自覚したのは、今年に入ってすぐ位の頃だったと思う。

今でもよく覚えてる。冬の寒くて乾いた風がひゅうひゅう吹いてたある日、高木と一緒に帰っていた時での出来事だった。



「おま、寒そうだなおい!大丈夫か?」

たまたまマフラーを家に忘れてしまったその日、首元を容赦なく通り抜けていく冷たい風に肩を震わせていると、高木はそう言いながら自分が巻いているマフラーをするすると解き始める。

「……大丈夫」

片手で制止したのに、高木はにっこり笑ってそのマフラーを俺に巻き付ける。

「俺実はちょっと暑くてさー!だからそれ、貸してやんよ」

へらへら笑って俺の先をずんずん歩いていく高木の後ろ姿を見ていたら、急に胸がどくんと不穏な音を立てた。な、なんだろうこの胸騒ぎ……よく分からない。

「横田く〜ん」
「…?」
「ありがとうとか愛してるとか言ってくれてもいいんだぜ?」
「……」

いつもこうしておちゃらけている高木だけど、本当はすごい優しい人なんだなって思う。
だってさっきから、わざと腕まくりをしてるその腕に鳥肌がいっぱい立ってるから。

「ふはっ……、ありがと」
「えー今なんで笑った?!ねぇ、ねぇ!」

マフラーをぎゅっと握って顔に寄せ、鼻をくすぐる柔軟剤の匂いをすんすんと嗅ぐ。なんかいいにおいするな。

「まぁいいけどさー!風邪引いたりすんなよ?な?マジで」

ぶるるっと寒さに身を震わせながら人の心配ばかりする高木に、しょうがないからカバンの中に眠っていた飴を差し出した。

「え…何これ貰っていいの?!」

こくんと頷けば、飛び上がるように喜ぶ高木。なんか犬みたいだ。そんなに飴好きだったのか。

「っしゃ…!」

ごそごそとカバンにそれをしまう一連の動作を眺めながら「舐めないの?」と聞いたら、「あぁいやその…はは、あれだあれ、家に帰ってからたっぷり堪能さしてもらうからさ!」とかごにょごにょ返ってきた。高木の考えてることっていつもよく分かんない。

「……」
「なぁなぁ!」

声のした方にゆっくり首を擡げれば、

「ありがとな!」

眩しくて目が眩むほどの笑顔がそこにはあって。
さっき感じた不穏な胸の高鳴りがまたふつふつと襲ってきた。
あぁ……もしかしたら……。

「……高木も、」
「ん?」
「風邪とか引くなよ」
「…!!ぅおう!もちろん!」


――この日、俺は初めて自分の気持ちと向き合った気がする。



* * *



それから半年くらいした初夏の頃。

「ねぇねぇよこたーん!」
「…?」

休み時間ぼーっと窓の外を眺めていたら、隣に居る高木をそこらに追いやる形でどかっと山下が隣に座る。後ろでわんわん文句を垂れる高木もお構いなしに、山下は俺に向かって両手を合わせた。

「あのさ〜お願いがあるんだけど〜…」
「やだ」
「なっ…!冷たい!何で!」
「……何か嫌な予感がするから」

はっはーん全く贅沢なヤツめ〜!と何故か調子に乗り出した山下をほっといて、後ろにいる高木に目配せをする。

「ほらほら山下!横田がお怒りだ!下がれ下がれぃ!」
「なんだお前は、よこたんの部下か?」
「はっは、下僕と呼びたまえ〜!」

二人がいつも繰り広げるコントみたいな会話を、机に肘を付いて安らかに眺める。
時折ふっと高木と目が合うと襲ってくる胸の苦しみを、誰にも知られないようにしながら。

――こんなこと、駄目だから。
高木はとってもとってもいい奴だ。俺の一番の友達で、それ以上でもそれ以下でもないんだ。
そう必死に自分に言い聞かせて、どっと湧く教室の騒ぎを人事のように無心で聞いていた。




* * *




――めんどくさい事は嫌いだ。

感情を剥き出しにするのは、子供の頃に散々やったからもういい。

家庭環境があまり良くなかったうちの家では、常に誰かの怒鳴る声や泣き叫ぶ声が聞こえていた。
そんなのに慣れてしまった頃、俺はいつの間にか感情を自分の中に隠して、面倒なことから顔を背けるのが癖になっていた。
母子家庭になった後はもう、口数も大分減ってたと思う。今よりもっと少なかったかも知れない。

中学の時、周りの同級生達が可愛い女の子について盛り上がる中で自分だけが話題についていけなかったことを思い出す。そういえば、そんなことはいくらでもあった気がする。
あぁ、今思えば……




「………た」

あー…、なんで昔の夢なんか。
昼休みを終えるチャイムの音と、遠慮がちに肩をゆさゆさ揺られる動きと、耳元にうっすら届く聞き覚えのある声で目が覚めた。

「も〜!横田くんずっと寝てんだもん!ほんとよく寝るよな〜お前」
「……」

低血圧に自信のある俺は、普段なら起きぬけにこんなテンションで喋られるのは苦手なはずなんだけど。

「……ん」
「お!横田なんか機嫌いいな!」

隣でそんなににこにこにこにこされたら、こっちまでつられてしまう。

「横田が笑った!」
「…う、うるさいな」











「でさぁよこたん」

黙ったままじろりと山下を見る。そういえばこの前もお願いがあるとか言ってた気がするな。なんだろう。

「俺の友達でね、あ、F女の可愛いコなんだけど、そのコがよこたん紹介して欲しいみたいなんだよねぇ」

窺うようなその視線と目が合った途端、眉間にシワが寄るのが自分で分かった。
そんなこと言われても困る。
だって、俺は……

「いやだ」
「マジか…や〜…お願い!なんかこの前の文化祭ん時に一目惚れしたみたいなんだよね〜」

困ったように両手を合わせられても、俺はきっとその女の子のことを好きになることはないだろうし。

「そういうの面倒だから」
「そこをなんとか!」

……思ったより食い下がってくるな……面倒くさい。

「彼女、いるから」
「え!えぇ〜!?まままままじ?!」

無言で頭を下げる。
思いの外効果があったらしいその嘘のおかげで、山下は泣く泣く引き下がってくれた。
その後ひたすらに浴びせられる質問の数々を全部スルーした俺は、ふわあとひとつ欠伸をして机に突っ伏した。








「横田っ」

うわ、また俺寝てた。
ごしごしと目を擦りながら、真向かいのイスに座ってこっちを見下ろす高木を視界に入れる。

「…今何時」
「あと10分で最終下校の時間で〜す」

へらへら笑いながら、携帯の待ち受けを向けられた。ん…?てか何この待ち受け。

「……」
「ぅあ!違う違う!違うんだ横田!これは決してヘンな意味じゃなくてだな……はは、消しま〜す」

俺が机に伏せたまま眠りこける写真なんか待ち受けにしたって面白くもなんともないだろうに。誰かに見せて盛り上がれるほどネタ的な画でもないし。ほんと高木は意味不明だな。

「いいよ」

何が?と携帯をいじっていた高木の手が止まる。

「それ、別に」
「え!うわっ…ちょ、ま、あー!今消しちゃったとこだよ……マジか…うぁ〜…」

いや別に消したなら消したでいいんだけど。高木は必死に携帯とにらめっこしながらぶつくさ何かを呟いていた。
なんかその光景が滑稽に見えて思わず目を細めてじっと眺めていたら、俺の視線に気付いたらしい高木はふわりと微笑んでこっちを向いた。

「何、今日はほんと機嫌いいな?なんかあったん?」
「ん〜…特に」

そっか、とさほど気にする様子でもなく視線を元に戻す高木。その一連の動作をまたじーっと見ていたら、なんだよー!とはにかむような笑顔が返ってきた。
さっきから収まらない胸の高鳴りは、最終下校を知らせるチャイムの音が上手く隠してくれたみたい。

「やべぇチャイム鳴っちゃった!よし、早く帰ろーぜ!」
「ん」



――そのすぐ後に訪れる修学旅行で、高木とあんなことになるなんて。
この頃の俺に想像できるはずもなかった。



---fin---




高一の冬〜修学旅行前に遡っての、ちょっとした横田くんのはなしでした!



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