第38話
「…もしかして高木、何か勘違いしてる?」
「え?」
思わずパッと横田を見る。まさか横田の口からそんな言葉が出てくるなんて夢にも思ってなかったから、ジーパンの尻ポケットに入れていた携帯を落とすくらい気が動転してしまった。
「な、なに、勘違いって?」
携帯を拾いながら液晶画面の方が地面に叩き付けられなくてよかったなんてホッとしつつ、しゃがみ込んだ格好のまま横田を見上げる。
「色々」
「色々って何だよ?」
少しだけ眉をひそめる。半眼でじーっと穴が空く位横田を見つめていたら、やがてその薄い唇がやっと開いた。
「俺、酒飲む気なかったけど」
「……へ?」
そのあとまた暫くの沈黙があってから、まごつきつつ横田は続ける。
「…えっ…と…覚えてる?よな…あの時のこと」
「お、おぉ」
「高木に嫌な思いさせたし、蒸し返すつもりなかったんだけど…」
「ん、んん?」
「俺…もう高木の前以外で酒とか飲まない…し、えと、いや違う…ごめん。あの時は」
「…???」
ちょ、ちょっと待て分からない。俺今横田が何を言ってんのか理解出来ない。何で謝ってんだ?んんん?
「ちょ、もしかして俺らなんか言ってること噛み合ってなかったりする?」
言いながらすたりとその場に立ち上がって、再度横田と視線の高さを合わせる。
「…かも」
「ちょ、待っ、一回整理したいんだけどいい?」
後ずさるように一歩下がりながら、頭を抱えて横田を伺い見る。横田の首がコクリと縦に振られたのを確認してから、おずおずと俺は口を開く。
「えっ…と、まず、昨日公園でさ横田、俺にごめんっつったよね?」
「…うん」
「あれは何?なんで謝ったの?」
「…高木に嫌な思いさせたから」
「ん、まぁあれは正直悲しかったよね。はは……あ、もういいけどね!だいじょぶだけどね!つかいや、まぁ横田が誰に何を相談しようとあれなんだけど、さ…」
べらべら喋りながらふと横田を見ると、横田は果てしなく理解出来てませんけど?みたいな顔で首を傾げていた。
「…高木、何言ってるの?」
「へ?」
横田は寒いのか両手を重ねて擦り合わせるようにしながら(なんかその姿がリスみたいで可愛かった)、こんな風に続ける。
「…だから……蒸し返したくないんだけど……その…」
「な、何?」
「修学旅行で…夜…二人で…あれ…あの…」
もしかして修学旅行1日目の夜、二人でウォッカを飲んで俺が横田の扱いたこと言ってんのか?それが何だっていうんだ。俺にとっては忘れられない一生の思い出だぞこのやろう。
「……それ」
「ん?それってそれ?何、もしかして横田あん時のこと謝ってたの?」
壊れかけの人形がカクンと首を擡げるような仕種で、横田の頭が下がった。
え、え、え。
横田はそれを謝ってたのか……じゃあなんだ、横田は俺が怒ってる原因は修学旅行のあの一件だと思ってたってことか…!うわぁ…!
「横田違う違う!俺、あん時のこととか全っ然怒ってないっつか嫌な思いなんて全然全くこれっぽっちも思ってねーから!」
「え…そうなの?」
そうだよ怒るわけねーじゃんって微笑みながら言ったら、横田の表情が見る間にぱあぁっと明るくなるのが分かった。うお、横田がこんなはっきりと反応を示すとか珍しい。
「あ、じゃあ高木は何に怒って…」
「え?あぁだからあれだよあれ、その…なんつーか…」
なんか改めて言うとか自分がいたたまれない。横田にカノジョが居たことがショックで、しかも俺じゃなく山下に相談してたことに苛ついてたなんて。
無駄に髪をがしがし掻いてどう言おうか迷いあぐねていたら、横田の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「あ、そういえば……、ちょいちょい出てくる彼女って何?」
「――は?」
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