第37話




「…ちょ、…たかぎっ」

ごつごつとブーツの音を掻き鳴らしながら、ただただ歩いた。夜の街に立ち並ぶ電灯や明々と点いている店の光や大勢の人並みを掻き分けて、何も考えずにただただ歩いた。
うろたえながら俺の名を呼ぶ横田にろくに反応もせず、手首を掴んでいるその手に知らず知らず力がこもっているのにも気付かずに。



「……高木?」

程なくして人気の無い道に出た俺達は、更に殆ど人の来なさそうな路地裏に入り込んで、そこでやっと掴んでいた横田の手首を離した。

夜の路地裏。聞いただけで妖しくて色めく何かが起こってしまいそうな場所。そんな所で二人が向かい合って立っている。
普段ならそんな妄想を膨れ上がらしてテンションを上げているはずの俺は今、完全に冷静さを失っていた。

「…前……っ…の?」
「え、何」
「だから…っ、お前みんなの前で酒飲む気だったわけ?」

壁いっぱいに横田を追いやって顔の隣に手をばんと置いた俺は、そう少し声を荒げた。
暫くしても返答もなくただずっと俺を見上げる形で見てくる横田をじとりと見遣りながら、ふつふつと沸き上がってくる負の感情を止める術がもう分からなかった。

「なぁ、」

横田より少しだけ背丈のある俺は見下ろすように目の前のふわふわした自由人を視界に入れる。気付かぬ内に眉間に皴を寄せながら、じりじりと距離を詰めていく。

「どーいう事なの?横田。俺今日電話でお前に話したいことあるっつったよな?しれっとすっぽかしやがって…何、俺ともう話もしたくないわけ?」
「ち、…違う」
「何が違うの?わけ分かんねぇんだけど。寝てたとかいってわざとじゃねぇの?なぁ、みんなで酒飲んだりしてまたあんなことになってもいいのかよ」
「え、…あ、」
「なに、もしかしてカノジョに介抱してもらう予定だったから別に大丈夫ーとか言」

今自然に口にして気付いた。つか思い出した。そうか。そうだった。俺に横田を心配する権利は無いんだった。横田にはカノジョがいるんだもんな。すっかり頭から抜け落ちてた。余計なお世話にも程がある。そうだよな……あー…穴があったら入りたいマジで。そして出来ればもう死にたい。色んな意味で。

「あー…やっぱ何でもないわ。ごめん」

そう言い直して、急に迫り上がってきた羞恥心をごまかすように壁についていた手を離し前髪を弄りながら目を逸らす。

「……。」
「連れ出しちゃって悪かったな。……戻ろっか」

さっきから台詞が原稿用紙一行分にすら足りていない横田は、てっきりいつもみたくコクンと頷いてさっさと路地裏から出るんだとばかり思っていた。


「ねぇ高木」

脱力しつつ暗い路地裏から光の射す広い道路へと足を向けたその瞬間、横田の細っこい手がちょこんと俺の上着の裾を捉えた。


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