第30話
修学旅行最終日。
やけに太陽が頑張っているこんな秋晴れの空を無性に腹立たしく思ってしまうのは、俺自身の心が著しく乱れているからなんだろうか。
朝起きたら横田は驚くほどあっけらかんとしていて、一昨日、昨日とあった出来事がまるで夢だったかのように思えてきた。
そのスッキリとした表情は、夜お前がこっそりと部屋を抜け出していた事と関係があんのか?気になりだしたらキリがないけど、やっぱり気になってしまう。
「…高木?」
帰りのバスの中、心ここに在らず感たっぷりの俺を心配するように、隣に座ってチョコをもそもそかじっていたはずの横田が下から覗き込んでくる。
「ん……ってわ、近!」
「ふはっ、高木びっくりしすぎ」
思いの外近かった顔の距離に一瞬で赤面する俺を、何故か楽しそうに目を細めて笑う横田。
「おまっ…」
なんだ、結構普通に喋れてんじゃねーか?…つか、この流れはおそらく『オレ達なんか色々あったけどなかったことにしようぜ』的な流れに違いない。何も無かったことにして、元のまま。友達のまま。
真意を確かめるように、もっかい隣でお菓子を口いっぱいにほお張るリスみたいに可愛い横田を見遣った。
「…ふ…?」
ほっぺたをポテチでぎゅうぎゅうに膨らます横田は、フガフガ何かを言おうとしている。
「まー…、食え」
「……っ」
言われた通りにモグモグと俺そっちのけで食欲を満たすことだけに集中しだした横田。
複雑な心境のままその様子を眺めていたら、横田くんは片手でカチコチ携帯をいじっていたことに気付いた。
ふー…ん。誰とメールしてんだろ。
途端に心の中に黒いモヤが掛かったみたいに、ずしりと重く気分が沈む。
何か声をかけようとしたけど、喉が変にわなないて上手く言葉に出来なかった。開きかけた口が静かに元に戻って、真っ直ぐ前に向き直る。
いつもなら、冗談半分で「おいおいお菓子食いながらメールかー?カノジョか?カノジョなのかー?!」的なうざいノリでごまかしながら探りを入れたりもできるのに。
今そんなことをしたら、ポロリと自分の気持ちをバラしてしまいそうで。
横田が誰とメールしてようが、一介の友人である俺には全く関係がないし口を挟む余地すらない。そもそもこんなに気にしていることが変な話なわけで。
これ以上横田に気持ち悪いところを曝すわけにはいかない。気味の悪い思いをさせるわけにはいかない。俺の気持ちなんか知られてマジで友人関係壊れるなんてあってたまるか。自制しろ、俺。
知らず知らずの内にぎゅっと手に力が入っていたらしい。手の平がじわじわと沸いた汗でベタベタした。
うえ、と思わず声に出しながら指を擦り合わせて汗を無理矢理に乾かしていると、横からスッと携帯電話が視界を遮るように伸びてきた。
「……?」
差し出された携帯をよく意味を飲み込めないまま受け取ると、そこにはメール作成中の画面らしきものがあって、
「横田くん?」
なにこれ俺見ていいの?という意味を込めて隣にいる人を見つめる。
「…いいから、……読んで」
がっしり合っていた視線を先に逸らしたのは横田の方で、そう言うなり俯いて黙りこんでしまった。
ん、まぁそういうことなら読むけども。何だ?カノジョへのメール返信この文章でおかしくないかなーとかだったらマジでへこむぞおい。
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