ある日突然、新しい父親と、新しい兄が出来た。しかもその兄は、僕と歳が同じだっていうんだから驚きだ。今はもう慣れてしまったけれど、誕生月が一ヶ月違うだけなのに兄と弟に分類されてしまうなんてと、そんなことを思ったりもした。
でも二年前のあの時、急にわけも分からず増えた家族に戸惑っていた僕に優しく手を差し伸ばしてくれたのは紛れも無い、僕の血の繋がっていない“兄”だった。
――そして僕が初めて恋をしたのも、二年くらい前。
同い年義兄弟
「理玖(りく)ー、課題やった?」
「あ、まだやってない。将和(まさかず)は?」
「まだ。……一緒、やる?」
将和はいつも夕食を食べ終わって少しした頃、徐に僕の部屋に押しかけてはこうやって少し不安げに視線を泳がせながら、同じ質問をする。
それを知っている僕はわざと、将和から聞かれるまで課題に手をつけないようにしていたりするんだけど。
胸の高鳴りが聞こえていないか少しだけハラハラしながらこくんと頷いた僕は、がさごそと鞄の中をあさって今日の課題に出ているプリントと筆記用具を取り出した。
「行こっか」
「うん」
後を追うように、将和の部屋へとゆっくり足を運ぶ。後ろから見る将和は、僕よりもちょっとだけ背が高くて、僕よりもちょっとだけ肩幅が広くて。
同い歳なはずの僕のお兄ちゃんは、しみじみ眺めてみてもやっぱり“お兄ちゃん”だった。そしてやっぱり、僕はこの人に恋い焦がれているのだなぁと実感させられる。…だって、さっきからずっと、胸の鼓動が早くなりっぱなしだもの。
扇風機がぶうぅんと回る音と、シャーペンが紙の上を滑るカリカリという音が部屋の中でまざり合う。
黙々とシャーペンを動かす将和の少し骨張った長い指、伏せられた目はプリントの文字をゆっくりと追うように動いていて、その度にサラリとした細くて少し長い前髪が微かに揺れる。
いつの間にかプリントから目を離していたらしい僕は、無意識で将和への視線をがっちりキープしていた。
「…どした?」
「えっ、な、何でもないよ」
あからさまな僕からの視線に気付いた将和が、手を止めて上目にチラリと僕を伺い見る。急に視線が交わったものだから、慌てて僕は視線をプリントに戻した。心臓がさっきよりもドクドクと速く血を送り出している。うわぁ、びっくりした。
何気なく片手で心臓の辺りを押さえながらプリントに並べ立てられている文字列に集中しようとしたけれど、全然頭に入ってこなくなってしまった。これは確実に、さっき将和と目が合ってしまった所為(せい)。
「……なぁ、」
「っん、ん?」
「手、止まってるよ?」
「うっ…ん、何だか集中出来なくて…」
「そっか」
目が合ったくらいでこんなにもテンパってしまう僕を尻目に、ひょうひょうと将和はプリントに視線を落とす。かと思いきやいきなりシャーペンをコトンと置いて、向かい合って座る僕の手の甲をがしりと覆うように握られた。
「っ!なっ、何…?」
「ん、いや、なんか理玖の手細いなぁと思って」
「まっ、将和もたいして変わらないじゃない…」
「そんなことないよ」とボソリと呟いた将和は、そっと僕の手からそれを離して元あった場所に直る。さっき触れていた将和の手の平の温もりがまだここにしかと残っているようで、右手の甲が急に熱を持ったみたいにすごく熱い。
「…理玖?」
無意識で右手をじっと見つめていたら、ふと名前を呼ばれてはっと意識が元に戻る。やばい、さっきから僕、あんまりにもあからさまな態度取りすぎだ。
「なっ、何でもない、よ」
「そう?」
僕の様子をまじまじと伺うように見つめられて、息が止まりそうになるくらいドキドキしてしまう。将和から向けられる眼差しをまともに見ていられず、思わず目を伏せるように頭を下げる。
「理玖、耳赤いよ?」
すると、そう言ってぬっと伸びてきた将和の冷たい手が僕の耳に触れ、耳の横辺りをするりと撫でるように往復した。
「ひゃっ」とも「ひぇっ」とも「ひっ」ともとれるようなよく分からない言葉を発した僕は、将和から触られた方の耳を片手で隠すように覆う。
「なっ、何するの…」
言いながら将和の顔を覗き見るように顔を上げてみると、何やら嬉しそうに筋肉を緩ませながら笑っていた将和の口から出た言葉は意外なもので。
「…可愛い」
何かの間違いなんだろうな。同性で同年代で、ましてや義弟である僕に『可愛い』だなんて。
「え?」
「あ、いや、何でもない」
「何て言ったの、将和?」
「や、何でもないよ」
そう言いながらふるふると首を横に振る将和の顔も、人のことを言えないくらいに赤くなっていたのだけど。
「将和」
「…理玖」
――次の言葉が、うまく言葉に出て来ないんだ。