腹黒部下×上司


ガタリ、とデスクが音を立てた。その拍子に、束ねてあった書類がヒラヒラと宙を舞って床に落ちていく。

突然の出来事に驚いたように目を丸くした篠宮さんは、いじわるく笑う僕を上目に見上げる。

「なっ、お前……」
「篠宮さん……慰めて、くれるんですよね?」




腹黒部下×上司




篠宮傑(しのみや すぐる)28歳。高学歴に高身長、聞くところによればあっちの方も凄いらしい。
何事にも真面目な性格で、部下にも優しく接してくれるとかなりの評判。
容姿も極めて端麗で、サラサラなダークブラウンの綺麗な髪の毛とか、少し悪いらしい視力のせいでたまに見せる目を細める姿とか、堪らなく好きだったりする。

そしてちなみに今、彼と一番親しい部下はずばり僕。……まぁ、そうなるように僕が篠宮さんに取り入ったんだけど。





「梶、あっちの書類任せていいか?」
「はい!勿論ですっ」
「悪いな」
「いえ、とんでもないですっ」

――こんな面倒くさい書類の山の処理なんて、篠宮さんの為じゃなかったら絶対やりたくない。



「あ、篠宮さんっ。コーヒーお煎れしましょうか?」
「ん…あぁ、頼む」

――こんなかいがいしい真似だって、篠宮さんにじゃなきゃ絶対したくない。つか、やんないけど。

コーヒーを飲む時、猫舌なくせに一気に飲もうとして、絶対「…熱…っ」てなる篠宮さんの一連の動作がたまらなく好きな僕は、一日にこうして何回も篠宮さんへコーヒーを煎れるのが日課になってたりする。




「おーい、梶くんや」
「はい?何でしょうか、課長」
「わしにも一つ、コーヒーでも煎れてくれんかね」
「……だってさ、ミキちゃん」
「え?私?あ、はぁ…」

課長が僕を“気に入っている”ことなんかとっくに知ってる。だから、こんな態度取ったって大丈夫なんだ。ま、気が向いたらコーヒーくらい煎れてあげてもいいけど。



――つか、結構あからさまにしてるつもりなんだけど。
篠宮さんは僕の行為の意味に気付いている素振りはまるでない。
いくら僕が色目を使って篠宮さんに接しても、彼の中ではあくまで『懐いてくる部下』止まりで分類されてるんだろう。ま、そりゃ仕方ないけどさ。


篠宮さんは、あれほどの容姿と器量があってまだ独身だというのだから、社員の女の子達が放っておくはずもなく、あちらこちらで篠宮さんの噂が飛び交ってたりする。総じて『篠宮さんは誘いに乗ってくれない』というものなんだけど。
……まったく胸糞悪い。篠宮さんを好きなのは僕だけでいいのに。


そんな僕は、この生まれ持った幼い顔のせいで「可愛い」なんて言われて、男女構わず言い寄られることが多い。ま、篠宮さん以外に言い寄られても嬉しくもなんともないんだけど。
それより、今だにコンビニでタバコとかアルコール類を買おうとすると、年齢確認されることの方が問題だっつーの。そこまで童顔じゃないのに、本当失礼だよね。



「あ、篠宮さーんっ」

篠宮さんに気に入ってもらえているのは分かってる。でも、あの人は僕の本当の気持ちまでは絶対分かっちゃあいない。

――だから僕は、ひと芝居打ってみることにした。


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