02


うちの課の新入社員が発注数を大幅に間違えるというミスを侵し、今日は朝からみんなてんてこ舞いで事態の収拾に追われていた。
最終的に篠宮さんの機転のおかげで丸く収まったものの、大量に書き直しを余儀なくされた書類達がデスクの上に散乱していた。

「私が片付けるので問題はない。みんなは自分の仕事が片付いたら帰ってくれ」

ぴしゃりと皆にそう言いながらデスクに向かってしまう篠宮さんに、すかさず「もちろん僕はお供させてくれますよね?」と小声で首を傾げてみれば、困ったように眉を下げて視線を泳がせる篠宮さん。


「んじゃ、あとは僕と篠宮さんで片付けちゃうんで、皆さん帰って大丈夫ですよー」

あれから小一時間程経って、時刻は23時を回ったところ。僕の一声でぽつりぽつりとみんな帰っていき、残りはとうとう僕と篠宮さんの二人だけになった。
静かなフロアに、キーボードをカタカタと打つ音だけが響く。

「…コーヒー、どうぞ?」

カップをコトリと置くと、篠宮さんは「有り難う」と言いながら手を休めて目を擦る。
……また一人で「…熱っ」ってやってるし。ふふ。

そんなことを思い、頬杖を付きながら隣に居る上司をまじまじと眺めていたら、ふと見つめていた先にあった視線がゆるゆるとこちらに向いた。

「……梶」
「はい?」

篠宮さんの薄い唇が、ぎこちなく少しだけ開く。

「…ありがとな」
「ふ…、いえ、とんでもないですよ」
「正直、お前が一緒に残ってくれて助かった」

そう言ってから、まるで照れ隠しみたいに、カップにふーふーと息を吹き掛け始める。なんだこの上司。可愛い過ぎんだろ。

「篠宮さんって、かなりの猫舌ですよね?」
「あっ…あ、…ん……あぁ。まぁ…、そう、だな」

ニコリと微笑みながらそう聞けば、まさか気付かれていたなんて驚きだとばかりに見事に顔を上気させた篠宮さんは、口ごもりながらもコクリと頷く。ちょ、本当可愛いなこの人。



ふと壁を見ると、時計の針は双方揃って天を差していた。このフロアだけでなく、社内に残っている人間は僕等くらいなもんじゃないだろうか。
静かに椅子から立ち上った篠宮さんが、おそらく書類のコピーをとりにフロアのドアをきぃ、と開けにかかる。

――もうそろそろ、頃合いかな。




僕は徐にはぁ、と大袈裟なため息を吐いてデスクに突っ伏しながら、篠宮さんの帰りを待つ。
程なくして戻って来た僕の上司は、先程までとは打って変わった僕の様子に「どうした、具合でも悪いのか」と心配そうに声を掛ける。

「あ、いえ……」
「どうかしたのか」

スマートな所作で椅子を引いて腰を降ろすと、こちらを覗き込むように少し屈んで下からのアングルでじーっと視線を送ってくる篠宮さん。何その体勢。キスしちゃっていいんですか?

「実は……」

篠宮さんが僕から視線を外す気配がないことを確信した僕は、伏せがちに目を逸らして、ゆっくりと口を開いた。

「先日、失恋しちゃいまして……」

さも悲しそうに、恋人にフラれて傷心している風を装って、今にも泣きそうな表情を作りながらそう続けた。

「あ、あぁ…それは…、えー…何だ…元気、出せ…?」

まさか共に残業中の部下の口からそんな言葉が出てくるなんて毛ほども思っていなかったらしく、篠宮さんらしからぬ動きでしどろもどろになりながらも、彼なりの優しさなんだろう、僕の頭におずおずと手を伸ばして優しく髪を撫でてくれた。



「篠宮さん……」
「…ん?」

ニヤリと口角を上げた僕の表情の意図に気付かない篠宮さんは、心配そうに僕を見遣る。

「…慰めてください」

うっすら目に涙を溜めて、上目遣いに篠宮さんを見つめる。

「あ、あぁ。勿論だ」



――ここで冒頭に戻る。

ガタリ、と篠宮さんの真後ろにあるデスクが音を立てた。何故かって、僕が椅子ごと篠宮さんに詰め寄ったから。
篠宮さんの椅子の背もたれがデスクの端にコツンと当たって、その拍子に置かれていた書類の束がはらりと落ちた。

「なっ、お前……」
「篠宮さん……慰めて、くれるんですよね?」

椅子からそろりと立ち上がった僕は、少し屈むようにしてぐぐいっと顔を極限まで近付けた。
ふふ、驚いてる驚いてる。これから僕に何をされるのかも分かってない、そんな困惑のたっぷり詰まったその表情。堪んない。

「えっ、なん…、……っ…!」

キスをした。
軽く篠宮さんの顎に手を添えて、ろくに抵抗もしてこない彼のその薄い唇に、自分の唇を重ねた。
すぐに離してあげるつもりだったけど、あまりにも篠宮さんが抵抗の「て」の字も示さないから、そのまま舌で篠宮さんの唇をなぞってやることにした。

「…っ…!」

さすがにここまでしてやっと事情を飲み込んだらしい篠宮さんは、目を真ん丸くしてじりじりと後ろに下がろうとする。
でも、後頭部をがしりと掴んでそれを阻止する。逃げ場なんて与えてあげないよ。これから篠宮さんは、僕のものになるんだから。




「…んっ、…はぁっ、…ちょ、ちょっと待て…っ…」
「待ちませんよ。…篠宮さん、僕はあなたが好きなんです」

――かち合っていた視線が、ゆらゆらと揺らいだ。


「…っ…!…ちょ、…ど、どこを…触っ……!」
「ふふっ、説明した方がいいですか?」
「…んっ…、や、そういう意味、…じゃなく、だな…っ…」
「慣らさないと、大変なのはあなたなんですよ?篠宮さんに痛い思いはさせたくないですから…ね?」
「…梶……お前…っ…」








――時刻は丑三つ時をとっくに過ぎていた。デスクの周りには、脱ぎ散らかされたワイシャツとスラックス。
そして僕の目の前には、生まれたままの姿でポツンと椅子に座ってこっちをボケッと見つめる篠宮さん。

「…篠宮、さん?」
「……。」
「篠宮さーん!」
「…っ…!あ、あぁ」
「えっと、僕達、正式にお付き合いするってことでいいんですよね?」
「…あ、あぁ………え?」
「なんですか?」
「そ、その…私のことが好きと言ってはくれたが、お前は…」
「この前フラれたとか言ってたじゃないかって?」
「…あぁ」
「ははっ、あんなの嘘に決まってるでしょう?」
「な、何…?!」

「僕が好きなのは、篠宮さん。最初からあなただけですよ」





---fin---




すう様よりリクエスト頂いた「腹黒部下×上司」です。
腹黒難しかったです…!ちゃんと描けているでしょうか(・0・。)そしてビバ年下攻めですね美味しいですありがとうございます(^q^)
すう様、リクエストありがとうございました!




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