02


突然だが、会社の飲み会ほど面倒なものはない。皆にへこへこ気ぃ使われて、やれお酌だ、やれ飯を取り分けるだと進められて気が休まらない。それに他の奴らだって俺みたいな“上司”なんか居ない方が楽しく飲めるだろうに、と思う。
なのに今日は隣の課の社員の送別会とかなんとかで飲み会が開かれるってんで、朝から自分でもびっくりするくらい気が沈んでいた。


「どうしたんですか、沢田さん」
「…あ、いや……」
「朝から元気なくないですか」
「あぁ…、そうかも知れないな」

喫煙室の固い椅子に腰掛けながらため息混じりにそう呆けていると、少しして喫煙室に入ってきた斎木が俺の隣を陣取りながら心配そうにこちらを覗き込んでくる。
いかんいかん、俺はすぐ顔に出てしまうタイプらしいな。情けない。

俺は片手をひらひらと掲げ何でもないのだということを示唆しつつ、ちらっと横目で斎木を見れば、奴は何故か獲物を狩る野獣の如く、何かを探ろうとしているような鋭い眼差しでこちらを見ていた。

……たまに、斎木はこんな目で俺をじっと見てくる時がある。普段ほぼ無表情でやる気がないのがとりえのようなあいつからは想像も出来ないくらい、キッとこちらを見ている時があるのだ。
その表情は何なんだ、斎木。何が言いたい?何を思って、そんな顔を向けるんだ。


「今日の飲み会、嫌なんでしょう」
「……。…俺ってそんなに顔に出てるか?」
「いえ、他の人は気付かないと思いますけど」
「どういう意味だ?」
「……沢田さんのこと、よく見てるんで」

そう言った斎木の顔はやけに真剣で、だからこそ今の言葉の意味が上手く理解できずに、消化不良のまま頭の中をぐるぐると巡ってしまう。

カチリというライターの音が、狭い室内に響く。

「な、どういう意味だ?」

ふあぁと煙を吐いて、「別にさっきの言葉が気になったとかじゃないけど一応、一応聞いてみるか」みたいなノリになるよう必死に努めながら、斎木を横目で見る。

「何がですか」

バチリと交わった視線は、俺の方からゆるゆるとずれて明後日へと向かった。

「や、何でもない」

ちょっとした気まずさを隠すように、煙草を灰皿にポンポンと軽く叩いて灰を落とす。

あれ、本当に特に意味のない言葉だったのか?「……沢田さんのこと、よく見てるんで」なんて。俺が気にしすぎなだけだったのか?

斎木が俺を上司として慕ってくれて、懐いてくれてんのはなんとなく分かる。もしかしたら、もしかしたら斎木はそれ以上に俺のことを色々とその…なんだ、色んな意味で好いてくれている気もしないでもない。

上司に対して媚びを売ったり出来ない、裏表のない斎木のことを事実俺が気に入ってるのも確かだ。いや、気に入っている以上に、時折見せる斎木の謎の視線や態度にドキリとすることもあるし、まぁ……なんだ、大人だからな、なんとなく分かる。自分の気持ちも、相手の気持ちも。……なんとなく。

ふうぅっと吹いた自分の口からでる白い煙を目でなんとなく追いながら、ポツリと呟いてみる。

「あー…それにしても面倒くせぇ」
「酒の席で部下に気を使われるのがですか」
「ん…まぁな」
「僕も、沢田部長に気とか使った方が宜しかったでしょうか」
「おいやめろ」

こんな冗談で笑い合えるのも、今じゃこいつくらいなものだ。

「あー……」

どうしようか、ちょっと言ってみようか。

「あー……」
「ちょ、何ですか」

煙草を灰皿にぐりぐりと押し付けながら、少しの勇気を振り絞ってみる。

「あーいや、会社の飲み会なんざ行くぐらいならお前と飲む方がいいなと思ってな」
「はは、そんなに僕を買い被らないでください」
「な、買い被っちゃいねぇだろ」
「……僕だって…」
「ん?」

上着の内ポケットから取り出したフリスクの箱を何気なくカチャカチャと振りながら、何故か歯切れの悪い斎木へと視線をやる。
斎木の手にある煙草は、さっきから灰を落としていなかったらしく、灰の部分がえらいことになっていた。

「灰落ちちまうぞ」という意味を込めて斎木の手元を指差せば、やっと事に気付いたらしい斎木は焦ったように灰皿へと煙草を持っていく。

「……僕も、沢田さんと飲みたいですよ」

蚊のなくような小さい声で、心細そうにそんな事を言うものだから、思わず顔がにやけてしまう。なんだこいつ可愛いなおい。
……俺も、もう少し勇気を出してみようか。

「……じゃ、飲むか」
「え?」
「二人で」
「沢田さん……いいんですか」
「あ?いいよ」
「………やったっ」
「え?今何つった?」
「いえ何でもありません」


「バーカ、聞こえてるよ」



――あ、やばい。
これはあれだ、うん。俺、こいつの事……。




---fin---




プー子様よりリクエスト頂いた「モダモダ社会人もの」です。
お互いに意識してる同士のなんとも微妙なモダモダ感、出てたらいいなと思います。出てるかな…|・ω・`)← 社会人ものはあまり書いてこなかったので、すごく勉強になりました!
プー子様、リクエストありがとうございました!




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