マスターと春
毎週金曜日の夜7時。決まってヤツはやって来る。ピンポンピンポーンと五月蝿い程にチャイムを鳴らし、そして勝手に部屋に上がり込んで来るのだ。
マスターと春
「うぃーす」
「こら春、勝手に人んちに入らない!」
「ピンポン鳴らしたもんよーおっじゃましまーす」
語尾に「♪」がついているかのような言い方に、これは「お邪魔します」という言葉の意味を理解してないな、と思う。毎度のことながら。
「全く。春は」
「とか言って、ちゃっかり毎週鍵開けて待ってんじゃないの?」
「…来週からはロックも掛けよ」
「嘘嘘!」
両手を合わせごめんねのポーズをしたかと思えば、茶目っ気たっぷりに笑ってハイ、と僕の好きな駅前のケーキ屋のシュークリームを手渡す。
「これで勘弁な!」
そう言って無造作にカッターシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出した。
きょろきょろと辺りを見回して何かを探しているようだったから、灰皿を無言で差し出す。…僕は煙草吸わないんだけどな。
「さんきゅ!」
買ったばかりであろう煙草の箱のビニールを開け、手慣れた様子で火を点けた。
「煙草、美味しい?」
「そりゃあな、仕事終わってお前んちに着くまで我慢してますから」
「ってか自分んちに帰れば良いのに」
「またまたあ」
へらへら笑ってまた煙草をふかすその仕草に、この人でもこんな色っぽい仕草が出来るのかと少し見直した事は、本人には内緒だ。
きっと無い物ねだり、いや憧れなのだろう。僕は煙草吸わないからね。
注。僕と春は只の友達です。
-E N D-
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