ボイトレも終わって、部屋に戻ると扉の前に音也がいた。
「……音也」
「あ、翔! ……那月とどうだった? 気になっちゃって」
「……気になるもなにも、お前嘘つきやがって」
「ごめんごめん! でもまあ、ね、会えて良かったでしょ?」
「…………」

 那月とは、勢いというか流れでおかしな関係になった。そして俺は仮であろうと那月と恋人になれたことに満足してしまっている。
 ボイトレにはもちろん集中できず、那月としたこと、那月の声が頭に浮かんでしまって気を抜くとそのことを考えていた。
「……なあ、音也」
「ん、なに?」
「…………いや、部屋にトキヤいるか?」
 でも、冷静になって少し怖くなったことがある。音也に相談しようか。思ったけど那月に秘密にするように釘を刺されてるからやめた。
 ――あの本の結末はどうだったか。それをアドバイスにするしかなかった。

「いらっしゃーい」
 トキヤならいるよ! 音也は俺の腕を引っ張って自室に通してくれた。色や家具が纏まっていて、相変わらず綺麗な部屋だ。
 トキヤは机と向き合っていた。どうやら集中しているようだから、出直したほうがいいかな。でも俺に気付いたトキヤに名前を呼ばれて戸惑いながらも部屋に一歩、踏み出した。

「……いきなりごめん。あの、さ。前に貸してくれた本あったじゃん」
「ああ……あなたがめずらしく本を読みたいと言った時の」
「そう! それあるか? また読みたいな、って」
「……少し待ってください。探してみます」
 そう言ってトキヤは引き出しの中や棚を見る。机の上には楽譜があった。忙しいんだな……。ちょっとでもいいから話したかったんだけど。
 トキヤが本を探している間に音也はそろりとしながら部屋を出て行った。あいつ、変なところででしゃばるくせに、気遣ったりしやがって。
「翔、これですか」
 トキヤの声に視線を元に戻すと、あっという間に見つけたようで探していたものを手に、俺に差し出していた。
「あ、見つかったんだ。悪いな」
「……ほかに用があった訳では」
「あー……と、」
 なんで、わかったんだ。でも話したいと言っても正直なにを話せばいいかわからなかった。ただ、トキヤはこの本を読んだからトキヤなりの考えを聞かせてほしいだけで……でも、話しをしたらそれ以上のことまで聞いてしまいそうで怖かった。
「……なんですか、ジロジロ見て」
「いや、あー……うん」
「……用があるなら早く言ってください。私は忙しいんです」
 俺は、トキヤの机の側に突っ立ったまま受けとった本に目を向けて口を開く。
「この本、トキヤも読んだんだろ?」
「……ええ、ずいぶん前ですが」
「この、主人公ってトキヤから見てどう思った」
 顔を上げると、トキヤは口に手をあてて少し考える仕草をしていた。
 主人公を見て、俺は愚かだと思った。それはきっと読む人の大体が感じることだと思う。
 でも、今は違った。
 俺が感じてるのはきっとこの本を読んだ中でも、主人公と同じような経験をしたことがない人じゃないと感じられないことだ。でも、
「私は、可哀相だと思いました」
「……だよな」
 むしろ、経験しない人から見て可哀相、愚か以外のなにがあるって言うんだ。
 ため息がこぼれる。そのままパラパラと本をめくって最後のほうに持ってくと、主人公の結末が書かれていた。
 ――彼女は、彼が遊びということを知って、だからって諦めることも出来ず体の関係を続けた。でも結局自分の気持ちは報われず不毛なことをしていると気付いて彼と会うのをやめることで、彼との関係を強引に終わらせた。
 そりゃ、思いが通じてハッピーエンドってわけにはいかないよな。俺もそのうちこうなるのかな。
「結局、得をしたのは彼女の体をいいように使った彼だけってわけか」
「……そういうことになりますね」
「……なあ、トキヤ」
 ごめん、那月。
 不毛とわかっていても幸せを感じてしまう。だからって誰にも話さず秘密の関係を続けるなんてこと、俺には出来ねえよ。
「那月とのことなんだけど……少し、話聞いてくれるか?」
「……なんですか」
 トキヤは小さなソファーに腰掛けた。俺は少しの間を空けてトキヤの隣に座った。
「……俺さ、那月のことばっか考えちまって」
「……朝とはずいぶん変わりましたね。忘れるつもりだったんじゃないですか」
「そのつもりだったよ。でも、授業が終わって、音也に騙されて那月と会ったんだよ」
 握った手に力が入る。どうしようもなく気持ちが重かった。
「那月と、会って、話して……付き合うことになった」
「は?」
「それで少し、体触られた」
「……え、と」
「驚くのはわかってるよ。……こんな関係になるつもりなんてなかったから」
 トキヤはめずらしく少し目を丸くしていた。俺は話せて満足したのと、那月に秘密にするように言われたのに守れなかった後悔があった。
 ――こんなこと、言われたって困るよな。
 でもトキヤに話したら、なにかいいアドバイスがもらえそうな気がして、じっと目を見た。
「……それ、は。……言っても、いいですか」
「おう、なんでも言えよ」

「あなた、利用されてますよ」

 ――利、用……?
 一瞬時間が止まったような気がした。利用って、つまり。
「本と同じように体目的、だと思います」
「……体、目的か」
 ――薄々わかっていた。この本を借りた時点で、主人公の気持ちに共感してる時点で自分はそうなってるってわかってた。
 けどこうも言葉にされると全然違った。

 苦しかった。







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