ふとした時だった。 Aクラスの前を通って、那月が女子に囲まれている姿を見たのは。 ――ズキン、今まで感じたことのない痛みが胸を突き刺す。なんだよ、これ。なにこれ。 俺が近くにいるってのに俺に気付かなくて他の奴らと話してる那月。こんなこと、知りたくなかった。 「あれ、翔ちゃん今日は早いですね」 「……おう」 あの時のことがあってから、俺は那月を直視できなかった。あれからも何度かAクラスを覗いたけど、女子に囲まれてるだけじゃない。真斗や音也とも仲よさ気に話していて、それですら俺は胸を痛めていた。 俺だけに向ける笑顔だと思ってたのに俺以外の奴にもああやって笑ったり、普通に話したりするんだ。 クラスが違うせいか俺に対しての那月の姿しか知らなかった。食堂では仲良い奴らと集まって食べたりはするけどそこには俺もいて、 だから俺がいない時の那月はあんな感じだと思うと、少し切なくなった。 「……あの、翔ちゃん」 「なに」 「翔ちゃん最近、ちょっと変ですよね」 「……そうかな」 顔を直視できないだけじゃない。那月と話すだけで嫌気がさしてしまって話し掛けられてもわざと反応を薄くしていた。 ほかの奴に笑顔を向けたり、話すなんて当然のことだ。俺だってクラスだったらレンと、食事の時は音也と結構話していた。だから那月がほかの誰と話したって俺が苛立つ権利なんてないと思う。 「僕、なにか悪いことしましたか」 「お前は関係ねえよ」 「じゃあなんでそんなに冷たいんですか」 「とんだ勘違いだな。俺は普通だ」 「じゃあ、なんで目合わせてくれないんですか」 俺はベッドに寝転がって壁と向き合っていた。だから那月が今どんな表情をしてるかなんて全然わからない。ただ、声は悲しみを含んでいた。 そういえばここ最近抱きしめてもらってない。キスも、してない。寝る時だってバラバラだ。 「…………」 全部、俺が那月を避けてるからだ。そして俺の態度を見て那月は控え目にしてるんだろう。いっそのこと、無茶苦茶にしてくれればいいと思う。そしたら嫌でも那月と接触して、不本意にもひどく安心するだろうから。 「翔ちゃん……」 でも那月は優しいから。優しくなければいいのに。優しくなくてもいいから、俺だけ好きでいてくれればいいのに。 「……那、月」 ――そうだ、と嫌な考えが浮かんだ。 眼鏡を取ってしまえばいいんじゃないか。そしたら那月は砂月になって人を寄せつけなくなる。 「……翔ちゃん?」 「……なあ、那月」 ベッドから起き上がる。久し振りに直視した那月の顔は妙に懐かしく思えた。 那月が俺のベッドへ歩いてくる。俺は、ベッドから降りて那月と向き合った。 「ごめんな」 そして一言、告げて眼鏡を取った。 那月の表情が変わっていく。雰囲気も、やわらかいものから近付き難いものへとなった。 ――ああ、やってしまった。でも俺は泣きそうなほどの安堵感に包まれていた。 1108302238 |