※温めの翔総受け要素有り







 あれからどれくらい抱き合っていたのだろう。わからないけど準備をして部屋を出た時にはすでに六時を回っていた。携帯を見れば音也からの着信が三件入っていて、少し遅れるとだけメールを入れておく。しっかし……
「浴衣歩きづれえ!」
 真斗ならきっと慣れているからすらすら歩けてしまうのだろう。でも俺は浴衣なんて小学生の頃以来着た記憶がなかった。走ろうとするも膝がうまく曲げられないし、大股で歩こうとすれば転んでしまいそうになる。ちょこちょこ小股で足を進めるしかなかった。
「わあー! 翔ちゃんかわいい」
「呑気なこと言ってんじゃねえ! 遅れてんだから少しは急げっての」
「だって翔ちゃんが抱き着いて離れなかったかったから」
「全部俺のせいにするなー!」
 会話のチャッチボールというかドッジボールをしながらひたすら歩く俺と那月。替えの浴衣がある、というからてっきり違うものかと思えば色も模様も全く同じものだった。なんで同じ種類の浴衣を二着も持ってるんだこいつ……。てことで俺はまたもや女物のピンクの浴衣を着せられていた。そして紺色の浴衣を着た那月はやっぱり格好いい。さっきまでこいつと、ああいうことしてたんだなあと思うと急に恥ずかしさが込み上げてきてちょこちょこ歩く足の動きをできるだけ早めた。
「翔ちゃん」
「あ?」
「手、繋ぎましょう」
 後ろから呼ばれても足を止めず返事だけしたら、足早に横に並んだ那月に手を握られた。一気に熱が高まって変に緊張してしまう。反応できずにいると手を握る力が強くなった。おいおいおい、さっきまで、この手であんなことしてたのに。ああもう恥ずかしい。エロいことをした後は基本疲れてすぐ寝てるからこうして後があるのは初めてで、なかなか耐え難い空気であることがわかった。これからは夜以外しない。決意したところで、目前に遊園地が見えてくる。
「おーい!」
 音也の声がする。遊園地の入口に目を向けると、食堂にいたメンバーが浴衣姿で集まっていた。周りには少し距離を置いて女子が群がってキャーキャー叫んでいる。
「わっり。遅れちまって」
「着替え終わってた二人が遅刻するってどういうことなのさー」
「あー……ちょっとうたた寝しちまって」
「それはすっきりしただろうね! じゃあ罰として屋台も出てるみたいだからタコ焼き奢ってね」
「マジかよー!」
 じゃあ、俺と那月が割り勘で奢る。そう言うとみんなの分買うんだよ。と返されてこっそり財布を覗いた。そんなに入れてきてねーって。てか、レンと真斗は自腹で問題ないだろ。御曹司のくせに奢ってもらうとかおかしいぞ。でも決まってしまったことは仕方ない。遅刻した俺達が悪いのは否定できないから。仮にタコ焼きが五百円として、足りるかどうか計算しながら遊園地の中へと入った。
「おー、すごいですね!」
 那月が感嘆の声を上げる。ああ、すげえ。中は浴衣を着た生徒で溢れていて、屋台の道ができていた。まさにお祭りモードって感じだ。
「あ、翔! タコ焼き!」
「あーはいはい」
 赤い浴衣を着た音也が指さす先には早速お探しのタコ焼き屋があった。あと一時間もないうちに花火が始まることもあってかあまり並んでいなかったからみんなでタコ焼き屋の列に入った。いやしかし、屋台に並ぶ神宮寺レン。新鮮だ。オレンジ色の浴衣は意外にも似合っていたけどまさに洋って感じで食事はホテルの最上階で済ませてます的なこいつが屋台か。少しおかしくて写メりたくなった。
「なんだよおチビちゃん。そんな熱烈な視線で見つめられると照れちゃうね」
「いやいや、熱烈じゃねーし」
「ああそうだ。そんなおチビちゃんに一つ教えてあげよう」
「なんだよ」
 てかこいつ、浴衣の胸元開きすぎだろ。なんだ、開かないと気が済まないのか? と思っている間に胸元は近付いてきてそっと耳打ちされる。
「うたた寝じゃなくて、どうせシノミーとエッチなことしてたんだろ」
「っ! お前、なんで知って……」
「予想的中?」
「ふ、ふざけんな!」
「翔ちゃん、順番来ましたよ」
 予想かよちくしょう! 仕返しにレンの胸元を閉めてやろうとしたら那月に腕を引かれる。それも思いっきり。
「おーおー、嫉妬しちゃって。俺はおチビちゃんとシノミーの話してたんだよ」
 レンがわざとらしくため息をついてそう言った。嫉妬、って……。那月の顔を見ると逸らされていてわからなかったけど、チラリと赤く染まっている頬が見えた。なんだこれ、なんだこれ。嬉し恥ずかしい。そんなドキドキもありながらタコ焼きを六パック購入して俺達も花火の場所取りをするべく屋台の道を抜ける。しかし人混みがすごいこともあってあまり進まない。それよりもこれは、フラッシュバックする。那月と祭りに行っては必ずはぐれた昔のことが。
「おい、なつ……き?」
 少し不安になって名前を呼ぶが遅かった。ちょっと離れた先に那月の背中は見えた。これだから、嫌だったんだよ……!
「那月、おい那月」
 呼んでも周りの喧騒に掻き消されてしまう。その間にもどんどん那月との距離は離れていく。うっわ、最悪だ。まさか一番嫌だった展開になるなんて。
「なつ……」
「翔」
 人混みに押されながらも追い掛けようと足を進めていると、ふ、と手を取られる。紫の浴衣が視界の端に映った。俺を掴むその手は、トキヤのものだった。
「トキヤ……!」
「見当たらないと思ったら、ここでしたか」
 呆れたように言うトキヤは、面倒臭そうにしているけど俺を心配してくれたらしい。やっぱりこいつ、頼りがいある。クラスが一緒のこともあってたまに二人で組む課題もやったりしていたけどその時も頼りになった。トキヤのおかげで那月達となんとかはぐれずに済みそうだ。ほ、と安心する。そのままトキヤに引かれて人混みを抜けた。
 那月は俺と手を繋いでるトキヤを見て少しムッとしていたけど誤解しないでください、と冷たく手を離したトキヤに安心したように息をついていた。あ、那月って嫉妬深いんだな。なんとなく思った。そしてそれが心地好かった。
 屋台を抜けたところで一旦立ち止まって真斗が言う。真斗は青い浴衣を着ていた。さすがと言うべきか完璧に着こなしていて、すげえ似合ってる。
「花火がよく見える絶好な場所を知ってる」
「お、マジか!」
「ここにはたまに来ていたからな。いろいろな場所があって気が紛れるんだ」
 まさか一人で乗り物に……と思ったけどどうやら違うようだ。真斗は気晴らしに暇な時にここに来ては散歩していたらしい。その時見つけたという、絶好の場所。主な乗り物がある場所から離れていって、木がたくさんある道を抜ける。するとそこには少し下り坂になっている草村が広がっていた。
「おおっ真斗すっげー!」
 音也が興奮して走り回る。驚くことにここには俺達以外誰もいなかった。すげえ穴場だな。その時、細い笛のような音がしてそれが弾けるバーンという音が派手に響いた後、黒に近い青の空に花火が咲いた。
「お、おー! すげー!」
 人がいないだけじゃない。花火が超近くに見える。感動して騒ぎながらタコ焼き食べたり、そのうち黙り込んでしばらく花火に見取れたりしていた。そういえばこうして花火を見たのも、小学生以来かもしれない。
「……綺麗ですね」
 隣にそっと人の立つ気配がする。那月だ。そしてなにげなく手を掴むものだから俺も握り返した。その行動に驚いたのか目をまんまるくして俺を見る。大丈夫、花火に夢中で誰も見ちゃいねえよ。花火が上がるたびにいろんな色に照らされる那月の頬に、ちゅっとキスをした。







「おはやっほー! なあ、これ那月に送ったら喜ぶかな」
 次の日の朝、食堂では音也がいつものように騒いでいた。その手には携帯が握られている。トキヤは自分の兄の挨拶を使われたことで不快になっているのかため息をついていた。
「僕が喜ぶって、なんのことですか?」
 そんな音也の元へ小走りに那月が向かう。俺達に気付いた音也が那月の肩を抱いてこそこそと携帯のディスプレイを見せていた。
「ね? やばいでしょ」
「音也くん……今すぐ送ってください」
「了解ー! ついでに翔にも送るよ」
 は? なんなんだ一体。携帯を開くと早速音也からメールが来た。画像が添付されている。開くと件名に『ひと夏の思い出』と書いてあった。画像は……。
「お、とや……お前いつの間にっ!」
 花火を背景に、俺が、那月にキスをした時の画像だった。
「翔ちゃん、待ち受けに設定しましたよ」
「すぐ消せえええ!」
 なーにがひと夏の思い出だ! ふざけやがって。でもすっげえ楽しかったから、今回だけは消さないでいてやるよ。そうして俺もこっそり待ち受けに設定した。







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