01

「にゃあ」


まだ声変わりのしていない高い鳴き声と同時に鳴った携帯電話のアラームで、眠りから緩やかに覚醒していく。黒い縞がある灰色の子猫――梵天丸は、悠のベッドの上にぴょこんと乗り、まだ目の覚めない悠の傍らで鳴き続ける。
捲れ上がったカーテンから洩れた陽光が悠の顔を照らす。その度に悠の眉がどんどん寄っていく。


「ああもう眩しい!!」


目が覚めた途端に突然叫んだ悠に、梵天丸がびくりと驚いてベッドから飛び降り、リビングへと走って行く。
最悪と言わんばかりに悠は体を起こし、カーテンを睨み付ける。何故か窓が開いており、カーテンが風に靡いていた。不機嫌な表情のまま窓を閉めて、未だに鳴り響く携帯電話を掴んで開く。時刻はもう正午になろうとしていた。


「………やっば!」


悠がリビングに来てカーテンを開けるまで、カーテンに潜り込んだその小さな双眸には、いつもと違う景色が映っていた。




――――――


悠が仕度し終え、いつも通りに近所の実家に預けようと梵天丸を抱え、玄関のドアノブを回して一歩踏み出す。


「……え?」


踏み出した靴底に当たったのはコンクリートでは無く、揺れる透き通った蒼い水面だった。
沈み掛けた足を上げると、靴底から水が滴る。そして目の前に広がる緑一色の木々と所々に咲く白い花。


「は、何?どうなってんの…?」


辺りを見渡していると、足元の水面からぼんやり光る球が三つ、悠の前をふわりと舞う。
蛍の光のように淡く、それでいて凛と輝くそれは華麗で美しい。
だが、それに見とれていたのは悠だけではない。抱えた腕の中から顔を出して、光を小さな双眸で追い掛けながら、うずうずしている。それに誘われるように、小さなその身体は腕の中から飛び上がった。


「梵っ!」


目の前の小さな身体を掴もうとした手は空を切り、踏み出した足元は揺れる水面しかない。
悠の身体はスローモーションのように落ちていく。
自宅の玄関は透けて消えていき、動かない身体は蒼い泉へと沈んでいった。





top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -