明け方から馬を走らせること、数時間。
川のある少し開けたところで、二回目の休憩を取っていた。
握り飯を頬張っていた悠は、政宗と小十郎が道順などを話しているのを見て、道のりはまだ掛かりそうだなと思う。
皆があちこちで談笑している中、悠は握り飯を食べ終えると、繋がれた一頭の馬の元へ向かう。
草を食べていたその馬は、悠に気付いて顔を上げると、悠の伸ばした手に擦り寄る。それに悠は微笑み、首筋を撫でた。
「馬がお好きなようですね」
背後から掛けられた声に驚きながら振り向くと、そこには綱元が立っていた。
はい、とにこりと笑って頷けば、綱元は微笑んで馬鞍を直した。
「我が軍の馬は気性が荒くて、普通の馬よりも扱いが難しいと言われています。中でも、この政宗様の馬は特に」
「そうなんですか。全くそうは見えないですけど…」
馬の中でも、一際風格がある立派なこの政宗の愛馬を撫でながら、悠は不思議そうに見遣る。
「馬というのは、乗る人との心の繋がりを大事にしています。なので、誰でもいいという訳ではありません。人が馬を選ぶのでは無く、馬が人を選ぶのです」
そう言って綱元は馬鞍から手を離すと、悠に微笑んだ。
「悠殿ならば、きっと馬を乗りこなせましょう。帰還した暁には、早速練習ですね」
「はい、頑張ります!」
にこりと笑って答えると、背後から足音が近付いてきて、悠は振り向いた。
「なんだ、此処に居たのか。そろそろ行くぜ。
綱元、確認してくれ」
はっ、と告げて後方へ向かう綱元を見送り、政宗は馬に跨がる。
鐙に足を掛けながら、馬上から差し出された手を掴んで引っ張り上げてもらって馬に跨がった。後ろから伸びて来た腕が腰を抱える感覚に、悠は改めて緊張するも、目の前にある馬の耳が動くのを見て顔を綻ばせる。二人乗りをしている為か、珍しく政宗は手綱を握っていた。
「初めての馬は疲れるだろ」
「大丈夫!馬に乗るのすごく楽しいし!」
「結構飛ばしてるってのに、とんだお転婆なprincessだな」
「うっさいなー…ね、あとどれくらいで着く?」
そう言って少し首を後ろに回せば、直ぐ後ろに政宗の顔があり、思ったよりも距離が近い事に驚いて、悠はぱっと前へ戻した。
「Ahーもう少し行ったとこに境がある。そこで案内役が待ってる筈だ」
「そ、そっか……ん、案内役?」
「楽しみにしときな。きっと、お前も知ってる奴だぜ」
――――――
それからまた数時間ほど馬を走らせてると、前方に赤い何かが並んでいるのが見えてくる。
それは近付くと、赤を纏った騎馬隊が並んでいた。
「あの赤備え……政宗、あれもしかして!」
「Oh,居たか」
赤備えの騎馬隊の先頭。
紅い鉢巻きを靡かせた、あどけなさが残る若い青年が馬に跨がっているのが見える。
どんどん距離が縮まり、先頭を走っている政宗が馬を止めた。後ろから続く小十郎や綱元、数人の兵達も同じように馬を止める。
「お久しゅうございます、政宗殿!お待ち申しておりました」
意気揚々と言う、先頭の馬に跨がる若い青年に、政宗は不敵な笑みを浮かべた。
「久しぶりじゃねぇか、真田幸村。やっぱり案内役はアンタだったか」
「如何にも。某が此度の案内役を仰せつかって参り申した」
そう言った若い青年が、不意に政宗の前に座っている悠へ視線を移せば、政宗がああと声を上げた。
「こいつが竜の姫君、悠だ」
「よろしくお願いします」
「貴殿が竜の姫君でございましたか……っ申し遅れ致した、某は武田が家臣 真田源二郎幸村と申す」
政宗の言葉に目を丸くしながら悠を見た幸村は、はっと我に返って頭を下げる。
顔を上げた幸村は、口角を少しだけ上げて笑うと、紅い鉢巻きと尻尾のように長い襟足が、風に靡いて踊った。
幸村が政宗、小十郎、綱元と順に見て、口を開く。
「では早速、向かいましょうぞ」
「待て、真田幸村。うちの姫君は馬にちっと不慣れでな、なるべく休み休み向かってくれ」
「元より承知致してござる。
途中に幾つか茶屋もございます故、そちらで休息を取りながら向かいましょう」
「Thanks.頼んだぜ」
笑みを浮かべて頷いた幸村は、部下達の間を通り、甲斐の方へと馬を走らせる。それに続いて武田の騎馬隊、伊達軍と走らせた。
虎の若子、真田幸村
111004:執筆