24

「もう無理、限界…」


悠は筆を置き、ぱたりと倒れて寝転がった。悠の周りには、流暢な文字が書かれた紙が散乱していて、倒れた拍子に煽られて音を立てる。
長らく集中して書いていた為か、腕も肩も重くなっていて、手には所々墨が付いていた。
机の上に置いていた、手本の紙を寝転がったまま取る。平仮名と漢字が流暢に書かれていて、その中に人の名前が幾つか並べてある。その一番最初に書かれている名前をぼんやりと眺める。
開け放ったままの障子から、生温い風が入ってきて、周りの紙が舞うように動く。
縁側で日なたぼっこをしていた子猫の梵天丸が一鳴きして、腕に擦り寄る。持っていた紙を戻して、寝転がりながら梵天丸を抱きしめた。大人しく抱かされるがままだった梵天丸は、離してくれと言わんばかりに身じろぎ、するりと腕の中から抜け出す。
薄情なやつめ…と悠はじとりと睨んでみるも、既に風に動く紙を追い掛けるのに夢中になっていた。それを眺めてから、天井を見上げる。
……何してんだよ、あいつ。
そりゃあ、忍つけてるからどうしてんのかとか、逐一伝わってんのかもしんないけど、こっちは分かる筈ないんだし、顔見せるとか少しくらいは気にしてくれたっていいじゃんか。ちょっとカッコイイからって調子こいてんなよ、バカ宗!
なんて悠が心の中で悪態をついていると、紙と遊んでいた梵天丸が縁側の方へ歩いていく。
瞼を閉じると、奥の方から足音が聞こえてきた。あーそろそろ小十郎と畑の時間かな…と思いながらも寝転がったままで居ると、足音はこちらへ近付いて来て、丁度部屋で止まる。梵天丸が一鳴きする声が聞こえて、足音は部屋に入って来ると悠の頭の辺りで止まり、かさりと紙の音がした。
それに悠はゆっくりと瞼を開くと、予想していたものとは違う逆さまになった顔が映った。


「Good morning,悠」


目を丸くしたまま、瞬きを繰り返す悠を見下ろして微笑み、視線を紙へと移す。


「Hum…随分と上達した様じゃねぇか」
「………ま、さむ、ね…?」


譫言のように確かめるように言う悠をちらりと見て、政宗は怪訝そうに眉を寄せる。


「Ah?なんだ、寝惚けてるのか?」
「いや、寝てないけど…」


本物かと安心すると、慌てて上半身を起こして座り直す。
政宗は緩く微笑み、悠の前に腰を下ろすと、急に罰の悪そうな表情をして視線を落とした。


「……悪かったな」


ぼそっと呟くような言葉に、悠は驚いて目を丸くする。落としていた視線が合わさった。


「小十郎から話は聞いてるだろうが…武田から同盟の申し立てがあって、色々立て込んでた」
「それで同盟は?」
「受ける事にした。
今、武田や上杉と小競り合いしてる暇はねぇからな…これ以上、日ノ本を焦土にさせる訳にはいかねぇ」


その言葉を聞いて、戦場を知らない悠には思い浮かべる事は出来なかった。だが、政宗の苦々しい表情を見るからに、通常の戦よりもさらに悲惨で残虐だという事だけは見て取れた。
政宗のつくる天下は、一体どんなものなんだろう――…と、伏せられた隻眼を見てぼんやりと思った。


「その同盟なんだが…書状じゃ何だって近々甲斐に行く事になった」
「え、いつ?」
「準備次第だが、五日後辺りか」


久しぶりに会ったばかりだというのに、五日後には甲斐か…。
そう悠は何だか複雑な気持ちになり、不満そうに少し眉を寄せる。政宗はそれに気付く事無く、腕に抱えた梵天丸を撫でた。


「馬に乗るのは初めてだろうから、俺と乗れ。荷物は…大したねぇか。梵天丸は喜多と成実に任せる事にした。あと…」
「ちょっ、ストップ!全く話が読めない。何の話してんの?」
「Ah-n?甲斐に行く話だ」
「それは分かるけど!なんで政宗と馬に乗るって話になんの?」
「What?お前も連れていくって言ったじゃねぇか」





綻ぶ、心


(いや、言ってないし!)
(近々甲斐に行くって言っただろうが…話聞いとけよ)
(分かるか!言葉足りなさ過ぎ!)

110429:執筆

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