23

庭の中心にある池には、色とりどりの鯉が泳いでいる。
その池を食い入るように見つめながら、今にも飛び掛かりそうなくらい前屈みになって、ちょいちょいと水面をつつくように触る小さな姿に、悠は声を掛けた。


「だめだよ、梵」
「にゃおう」
「だーめ。政宗に怒られるよ?」


不満そうな声で鳴くも、集まる鯉達に手を出さずにはいられないらしく、また水面をつついている。それを悠は縁側からぼんやりと眺める。
先日――小十郎と畑に行って以来、成実や小十郎達が度々訪れるようになり、お茶しながら話したり、小十郎とは畑の手伝いをしたりするようになった。
でも、と目を伏せる。政宗は見掛ける事すらも無くなっていた。それでも相変わらず、城内は慌ただしいままで悠には何だか取り残されているような気分でもあった。やっぱり忙しいんだな…と溜め息を零して、視線を戻す。
すると、池の水面をつついていた小さな体がぐらりと大きく傾く。縁側から慌てて降りようとしたところで、その小さな姿が一瞬にして消え、目の前に人が現れた。


「あーびっくりした!」


現れたのは、迷彩装束を纏った佐助だった。
会わなくなった政宗とは正反対に、最近よくこの縁側で会うようになり、悠にとっては、話し相手にするには嬉しい人物である。
目を丸くする悠を見て、にこりと笑うと抱えていた梵天丸を差し出す。


「落ちそうだなーとは思ってはいたけど、案の定で俺様も焦っちゃったよ」
「びっくりした…ありがとう、佐助」
「いーえ、どう致しまして」


受け取るも、やはり梵天丸自身も驚いたようで怖がっていて、落ち着かせるように小さな背中を優しく撫でる。そのまま縁側に腰を下ろすと、空いた手で隣を軽く叩く。それに佐助は仕方ないと言わんばかりに苦笑して、悠の隣に腰を下ろした。


「今日も政宗に用?」
「そう。うちの大将も旦那も人使いが荒くってさあ…」
「いいじゃん、頼りにされてるって事だよ」
「それならもう少しくらいは給料を弾んで欲しいんだけどな」
「そんなに安いの?」
「そうだねぇ…例えば今、悠ちゃんが着てるその着物を俺様が買うってなったら、一生働いても無理だと思うよ」
「……なんか、ごめん…」
「ちょっ、逆に素直に謝られる方が虚しくなるから止めて!」
「だって…」
「だってじゃな……っ!」


途中で言葉を切った佐助は、廊下の方を注意深く見遣ると、縁側から庭へと降りた。


「そろそろ俺様もお暇するね。早く帰らないと日が暮れるし」
「え、あー…うん」


佐助はそう言いながら、庭の方へ歩いて行くとくるりと振り返って、にこりと笑った。
やっと落ち着いた様子の梵天丸も、佐助を見て一鳴きする。それに佐助も微笑み返した。


「ねえ佐助。政宗って今、城に居る?」
「、居るよ」
「そっか…ありがとう。じゃあ、またね」
「…うん、またね」




――――――


悠と別れ、佐助は城の敷地内を駆ける。
一瞬だけ、あの無垢にも近い双眸に見えた陰りが、頭の中にぐるぐると回り続けていて、何だか無性に苛立っていた。
またね、なんて…と佐助は、ぎりっと奥歯を噛み締める。
――その時。
風を切るような音が聞こえて避けると、目の前には脇差しが刺さっていた。


「ああ、武田の忍か。余りに殺気立っているものだから、てっきり侵入者かと」


そう微笑んで、腕を組んで立っている宗時に目を細める。佐助は刺さった脇差しを抜いて、宗時へと投げて寄越した。


「よく言うね、思いっきり投げといてさ」
「今、手元にはこれしかなかったんだ。それとも、太刀の方が良かったか?」
「まさか。そんなの投げられたら、流石の俺様でも傷じゃ済まないだろうからね」
「それはどうだか。……で、もう悠との逢瀬は済んだのか?」


受け取った脇差しの刃を眺めながら、何ともないかのように告げた宗時に、佐助は僅かに眉を寄せる。その様子を知ってか、宗時はふふっと笑みを零した。


「安心してくれ。殿には伝えていない」


刀を下ろし、宗時は佐助とやっと視線を合わせた。


「知っての通り、殿は忙しい。
アンタなら、あの子の暇つぶしには丁度良いかと思ってな」
「へえ、警戒しないんだ。同盟があるとはいえ、俺様は忍だから何するか分かんないよ?」


佐助の言葉に、宗時は一瞬不思議そうに見てからまた笑みを浮かべる。


「今のアンタにそれは出来ない。そうだろう?」


脇差しをゆっくり鞘へと収めながら、宗時は言葉を続ける。


「少しでも変な真似をしたら…――生きて帰れると思うな」


笑みは一瞬で消え失せ、冷徹な表情へと変わり、その双眸は獰猛さを宿して鋭く光る。
それは正に、紅い竜であった。
独特な音を立てて刀を鞘へ収め、早く帰りなと残して、宗時は去って行く。


「…こりゃまた随分と過保護なこって」





相反する何か

110425:執筆

top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -