20

夜の帳に包まれた頃、その城には無数の影が蠢いていた。
覆い茂る木の枝に腕を組み、静かに辺りを見つめる姿がある。
鋭い上弦の月から僅かに洩れる光が、木の葉の隙間から差し込み、男の輪郭と冷たい双眸を照らす。双眸を微かに細めると、その姿は数枚の黒い羽根を残して、一瞬にして消え去る。そして、とある部屋の前で降り立ち、男が声を掛ければ、中からは入れと促す声が返って来た。
部屋には、まだ幼さの残るあどけない顔をした若い男が居た。その者は男の顔を見ると、読んでいた書物を閉じて顔を上げた。


「"竜の姫君"の件についてだけど」
「うむ、何か分かったか?」
「それが何て言うか、妙なんだよねぇ…」
「妙、とは?」
「姫ともなれば、普通は幼い頃から教養を叩き込まれる筈だろ?それなのに、何故か妙齢の今になって教養を叩き込まされてる…なんか怪しいね、ありゃあ」


男の言葉に、若い男は少し眉を寄せて考える仕種をした。


「やはり、姫ではないのかもしれぬな。ならば、何故教養をさせる必要があるのだろうか…」
「さあねえ。でも、あの鼠一匹すら通さないと言わんばかりの強固過ぎる守備!どれだけ御執着してるんだか知らないけど、その姫さんとやらは軟禁状態だね。こんな事言っちゃあ何だけど、独眼竜にそういう趣味でもあるんだか…」


男のその軽い口ぶりに、若い男は双眸を細めて眉を顰める。


「そのような事を軽々しく口にするな」
「そんなの分からないっしょ?普段の独眼竜なんて知らないでしょうに」
「だとしてもだ。要らぬ憶測はするなと言っているのだ」
「…それは失礼しました。この事、大将には伝えとく?」
「ああ、頼む。それと、そちらへ一度参りますと伝えてくれ」
「はいはい、任されましたっと」


片膝を付けていた男はゆっくり立ち上がると、若い男は先程の厳しい表情を緩めて、いつも通りの表情に戻る。


「佐助、道中は気をつけよ」
「分かってますよ。ほら、真田の旦那もそろそろ休みなよー」
「うむ」


その返事を聞くや否や、黒い羽根を残して消えたその男は真田忍隊の長、猿飛 佐助。
そして、この若い男は佐助達真田忍隊の主にして、武田の若き虎、真田 幸村である。
佐助が消えて、幸村はゆるりと置いてある二槍を眺める。行灯に照らされて橙色に光る刃は、炎を纏っているかのように見えた。


「竜の姫君、か……」




――――――


早朝の米沢城の城門には、人だかりが出来ていた。
立派な栗毛の馬とその横に、夢吉を肩に乗せた慶次。両脇には宗時と成実が居て、その後ろには馬が二頭並んでいる。向かい側には、政宗と小十郎、悠が居て、そして囲むように兵士達が居た。


「今度からは、来るなら来るって文一つくらい寄越せ」
「それ、いつも政宗に言われてるような気がするなあ…」
「"気がする"んじゃねぇ、いつも言ってんだろうが!」
「んーと、ほらあれ!なんだっけな……あ、"さぷらいず"!さぷらいずだよ!」
「テメェのsurpriseは、その域を越えてんだよ。surpriseの為に城門をいくつ破壊すりゃあ気が済むってんだ、Ah-n?」
「だからもう壊さないってば!」


ぷうと頬を膨らましてむくれる慶次と低血圧の不機嫌な政宗の会話は続く中。それを見兼ねてか、小十郎が口を開いた。


「政宗様もいい加減になさいませ。前田、お前もだ」
「…Shit」
「はい…」
「本当ならば、野菜の一つでも持たせてやりてぇとこだが、暑さで悪くなっちまうからな…」
「あー仕方ないよ。今度、加賀に帰る時にたっくさん頂くつもりだから、その時は頼むよ」
「そうだな」
「慶次!」


慶次が小十郎から悠へと振り向くと、悠は人差し指で小さな長方形を描いて見せる。


「あれ、よろしくね?」
「任せてよ!」


慶次は仕舞い込んだ自身の懐をぽんぽん軽く叩いて見せると、悠はにこりと微笑む。


「慶次、元親に宜しく言っといてくれ。それと…」


政宗はちらりと悠を見遣ってから、慶次に向き直る。


「こいつと同じような奴が居たら、いつかは連れて来いってな」


目を丸くする悠を横目に、慶次はにこりと笑って頷く。
愛馬の松風に跨がった慶次と同じように、宗時と成実の二人も馬に跨がった。


「じゃあ、みんな元気でな!」


響き渡る歓声の中、城を後にした三人は直ぐに見えなくなっていった。
皆が城内に戻り始める中、悠は振り向いて、既に歩き始めていた藍色の背中を引き止めるように口を開いた。


「政宗!」


Ah?と言いながら、眠たそうな政宗がゆっくり振り向く。


「あの、ありがとう」


柔らかく笑う悠に、政宗は少し目を丸くすると、ふ、と優しそうに目を細ませて微笑んだ。


「Don't worry.」

「…っ!」


それに、どくんと大きく胸が高鳴り、悠は目を見開いて驚いたように固まった。
政宗はさっさと歩いて行くが、一向について来ない悠に怪訝そうな表情で振り返った。


「悠、早く来い。朝餉、お前の分まで食っていいのか?」
「……は!?ダメ、絶対ダメ!」


我に返った悠は、慌てて追い掛けるように走り始める。
微かに初夏を感じる陽射しが、米沢城を照らしていた。





動き出していくもの

110419:執筆

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