22

夜更けの米沢城に影が一つ。
注意深く辺りを見回して、音を立てずに走り、闇に身を潜める。
普段の迷彩装束と違う、濃い灰色の装束を纏う佐助の脳裏には、昼間の出来事が浮かんでいた。

――昼間。用が済んだ佐助が米沢城を後にしようとしたところ、竜の右目である小十郎と見知らぬ娘が歩いていくのが見えた。
ほんの興味本位でひっそり後をつけると、娘とやらは小十郎と同じように兵達に敬われており、どうも女中等の身分ではないと見て取れた。
二人は畑へと足を運び、黙々と作業していた時、娘の左腕から覗く竜の尾が見える。それから、小十郎が不意に話始め、機密である同盟を娘に漏らすのを見て、佐助は確信した。
―この娘こそ、"竜の姫君" 悠。
何度も行き来しているというのに見掛ける事も全く無く、存在しているかすらも怪しいと思えてきた時だったが、存在していると分かった以上は詳しく調べる必要がある。そう踏んで、夜更けの今にもう一度接触を試みようと潜入したのだ。
それにしても、と佐助は屋敷内を進みながら少し眉を寄せる。
行けども行けども、悠が見当たらない。やはり裏手かと視線を動かした、その時。
突如、暗闇の中から現れた白刃が襲い掛かる。素早く躱して、腰の手裏剣に手を伸ばしたところで、雲に隠れていた月が顔を出し、ぼんやりとその姿を照らした。


「テメェ…人の城で何をしてやがる」


寝間着姿で刀を向けているのは、この米沢城城主の政宗だった。
佐助は手裏剣に伸ばしていた手を下ろす。


「なーんだ、竜の旦那か…驚かさないでよ」
「そりゃこっちの台詞だ。何をこそこそと嗅ぎ回ってる。答えろ」


佐助の顔の前に切っ先を突き付けながら、政宗は鋭く睨み据える。佐助は面倒臭そうな表情で溜め息をついた。


「…"竜の姫君"」
「Ah?」
「なんでそんなに隠してるのか、教えてくんない?」


そう佐助が言うと、政宗は鋭い隻眼を一層鋭くして口角を上げた。


「…そういう事か。
同盟ってのは表向きで、要はそれが知りたかったんだろ?全く、とんだ茶番に付き合わされたもんだぜ」
「あーそれは違う。この同盟は、以前から大将が考えてたものだよ」
「じゃあ、何だってんだ」


怪しむような鋭い隻眼が佐助を射抜く。それに普段と同じようにへらりと笑い返す。


「やっぱりさー、同盟をするってからにはお互いに隠し事はない方がいいじゃない?ほら、信用に欠けるし」
「だから教えろってか」
「そう、まあ当たり前の事だけどね。で、あの娘。何者な訳?」


政宗はゆっくり刀を下ろして、ふっ、と笑った。


「アンタのいう通り、"竜の姫君"だぜ」


普段と変わらず、不敵に笑うその様子に、佐助は眉を顰めて怪訝そうに見つめる。


「……は?何それ、本気で言ってんの?」
「嘘じゃねぇ。未来から来た、竜の姫君だ」


笑む政宗に、佐助は盛大に溜め息をついて肩を落とすと、庭へと飛び下りる。


「聞いて損した…俺様はこれから甲斐と上田を行かなきゃならないから帰らせてもらうよ」
「ああ、さっさと帰んな」


怠そうな声色と共に、刀を鞘へ収める独特の金属音が背後から聞こえ、佐助は足を止めて首だけ振り向く。腕を組んで見下ろす隻眼に、僅かに目を細める。
月が雲に隠れて、辺りは急に暗くなった。


「ほんと、同盟してなかったら確実に殺ってるね」
「テメェに殺られる程、俺は弱かねぇよ」
「あんたってほんと腹立つ」
「奇遇だな。俺もだ」


政宗がそう告げると、佐助は一瞬にして消え去った。
消えたその場を見ながら、廊下の角にゆっくり寄り掛かって、長い溜め息をついた。すると、庭へ影が一つ下りる。


「申し訳ございません。数人がやられました」
「怪我人はどれくらいだ」
「いえ。皆、気絶させられただけのようです」
「ならいい。あいつは?」
「お休みになられております」
「そうか……俺も休む、戻れ」
「御意」


忍がそう答えて消えるのを見送ると、政宗は自室に戻ろうと踵を返しかけて足を止めた。自室とは反対方向へと足を向け、そのまま歩き始める。
そして、とある部屋の前で足を止めた。行灯はついておらず、暗くて静かであった。その部屋の障子に手を掛け、僅かに開ける。部屋の中は薄暗く、布団が一組敷いてあるのが見えた。
ぼんやりと辺りが明るくなる。
雲に隠れていた月がまた顔を出した事で、薄暗い部屋の中が見えやすくなり、布団からは穏やかな寝顔が窺える。それを暫く見つめてから、障子を静かに閉めるとその場を後にした。





夜半の月

110424:執筆

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