47

深く溜め息をついて、侑果は宛がわれた部屋で寝転がる。
説明は半ば堂々巡りのようになっていたが、元就達はなんとか理解してくれたようだった。今は国交の話になった為、侑果は席を外している。
ごろりと寝返りを打つ。侑果は元就との会話を思い出して、少しばかり眉を寄せた。
知らず知らずのうちに、いとも容易く元就の手中で踊らされてしまっていた。あの時、元親が止めなければ、毛利家臣達の前で言ってしまっていただろう。それがもし他国へと漏れてしまえば、侑果を保護している四国の長曾我部が攻め込まれるだけでなく、侑果自身も危うくなる。
己の感情に任せてしまいそうになった、その浅はかさに侑果は悔やんだ。言葉を選んでいた筈であっても、あれよあれよと知らぬ間に崩され、彼の思惑通りに事が進んでしまう。戦国きっての智将と謳われる、彼の手際は見事なものであった。


「失礼致します。侑果様、少しばかり宜しいでしょうか」
「っはい!大丈夫です!」


部屋の外から聞こえた声に、侑果は思考を中断させ、慌てて身を起こす。
再度声が掛かり、着物姿の若い娘が部屋へ入ってきた。


「此度、侑果様のお世話をさせて頂く事になりました、沙与と申します」


深く頭を下げた侍女――沙与に、侑果も同じように頭を下げる。すると、沙与は驚いたように頭を上げ、侑果を見つめる。それに侑果は首を傾げた。


「あの、どうかし「そんな!なりません!」…え?」


ぐいっと両肩を掴んで起こされ、先程とは反対に侑果が目を丸くして沙与を見つめる。沙与は手を離して、困ったような表情を浮かべた。


「私のような一介の侍女に、侑果様が頭を下げるなど!」
「いえ、しばらくはこちらでお世話になる身ですし…」
「そのような事をお気になさらずとも宜しいのです。
それに、お噂はかねがね聞き及んでおります。侑果様は瀬戸海の宝、この毛利に勝利の風を吹かせる御方。元就様は、その風である侑果様に御心を奪われてお招きしたとのこと」


侑果は、頭を鈍器で殴られたような衝撃に一瞬眩暈がした。
噂に尾鰭が付きに付いたとしても、先程の広間での一件で、もしかしたら大いに疑いが晴れたかもしれない…と思いかけたが、肝心な話のところで、家臣達に席を外すように言ったあれは更に煽っただけではないかと侑果は青ざめる。


「いえ!あの!私、そんな勝利の風とか心を奪うようなことなど出来ません!沙与さん、訂正しておいて頂けますか?」
「私のことは、沙与とお呼び下さいませ。そのようなお言葉遣いも要りませぬ故」


するりと躱すように話を変えた沙与に、聞く耳がなさそうだなと侑果は渋々頷く。
そして用意されていた薄紅梅色の着物に着替え、簡単に屋敷の中を案内してもらう。
櫓が立ち並び、幾つもの壇に分かれた大きな城郭。質素ではあるものの、何処と無く気品が漂う、頂にある紅の天守は神々しいものであった。




――――――


陽も少しずつ傾き、空が茜色に染まりかけた頃。
同盟の話し合いも今日はここまでのようで、静かな城内が僅かに賑やかになる。
侑果は、陽によって雰囲気を変える美しい庭をずっと飽きずに縁側から眺めていた。
不意に、聞き慣れた足音が近付いてきたのに気付き、そちらへ振り向く。普段と変わらず、紫色の着流しを少し肌露けさせて着た元親がいた。


「あ、お帰りなさい」
「おう、変わりねぇか?」
「うーん、暇過ぎるのが問題かなあ…」
「そりゃ仕方ねぇな」


そう笑って元親は侑果の隣に腰を下ろす。やり取りと縁側に並ぶ二人の姿だけは、いつものそれと何ら変わりない。


「話、長引いてるの?」
「いや、大方は決まったぜ。後の細けぇところがまだだがな」


そっか、と侑果が安堵して淡く微笑めば、穏やかな風が髪を揺らしていく。元親は目を細めるようにして見つめ、口元を少し緩めた。
――その光景を、少し離れた廊下から眺める者が二人。元就と貞俊である。
部屋に戻る際にたまたま通り掛かったものだったのだが、普段ならば通り過ぎるであろう元就が珍しく足を止めた事に貞俊は少し驚いていた。


「仲睦まじく在られますな」


言葉を返す訳でもない元就は、眺めると言うよりは傍観に近く、普段と変わらず、その横顔には表情が無い。
先の娘を同じように眺めながら、貞俊は拭いきれない蟠りを感じていた。
―娘は果たして、誠に必要なのだろうか――…。
瀬戸海を挟んで対する、長曾我部との同盟の引き合いに出す程の価値が、この娘一人にあるとは思えなかった。
先程聞かされた話についても、疑わしい箇所は幾らでもある。だが、この一見ただの町娘のような娘から、貞俊が今までに感じた事のない、言い表す事の出来ない、"何か"を感じているのは事実であった。


「…元就様」
「何だ」


存外早く返ってきた言葉に、自分の思考さえも読まれているのではないかと貞俊は思った。


「あの娘を如何様に?」
「あれが使えるように見えると申すか」


元就は横目で返し、ふいと正面に向き直ると、止めていた足を進める。その背から視線を落とした貞俊は静かに口を開く。


「……御言葉ですが、使わぬ算段ではありますまい」


貞俊の言葉に、元就の足が止まる。


「それは、あれ次第よ」


振り向く事なく、そう告げて元就は去っていった。





氷点下の思惑

120215

top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -