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貞俊を案内に、一行は岡豊城を出て、讃岐から船で瀬戸海を渡り、向かい岸の備後へと着く。
そこには、既に毛利からの先導隊が待機しており、貞俊は隊の前に居た背の高い男に声を掛けた。


「済まない、信直。遅くなったな」
「いいえ。貞俊殿、馬の準備は整っております。いつでも向かえますが」
「そうか、早速頼む」
「はっ」


長身の男は背後の兵達へ指示をすると、振り返って元親達へと歩みを進め、一礼をした。


「ご挨拶が遅れました…と言っても、もうご存知かと思いますが、私は熊谷信直と申します。
只今、馬をご用意致しますので暫しお待ちを」
「おう、済まねぇな」


元親とのやり取りを眺めていた侑果は信直と不意に目が合う。にこ、と微笑まれ、慌てて会釈を返す。

そして、信直率いる先導隊と共に馬を走らせ、安芸へと入った。
山道を抜けると、辺りは青々とした農地になっており、民達がちらほら見える。侑果は渋々元親と相乗りし、馬上から安芸国を眺める。
兵達を駒扱いし、策を打ち、冷酷非道ともいえる毛利ではあるが、安芸の民は四国の民と何ら変わりなく見て取れた。現に、こうして馬に乗っているのを見るや、民達はにこやかに会釈をし、子供達は笑顔で手を振っている。先導する毛利の兵達も微笑み返したり、手を振り返していた。
侑果は想像していたものと真逆なそれに、半ば驚きながら眺めていると、頭上からふっ、と笑みが降って来た。


「こりゃあ驚いたな、良い国じゃねぇか」
「うん、すごく素敵」




――吉田郡山城、大広間。
静かなこの城は日当たりが良く、庭にある大きな池が日差しを受けて、きらきらと波打っている。
元就と元親が向かい合い、ずらりと家臣が両脇に並んでいる。元親の後ろには親泰と侑果、更にその後ろに儀重が座っていた。


「城に来たという事は、条件を呑んだと受け取っても良いのだな」
「ああ。その前に、一つ聞きてぇ事がある」
「何だ」
「先日の一件もあって、豊臣から領土を守る為に俺と休戦するってのは分かる。そんな場合じゃねぇからな。だが、あんたは同盟を申し出た。前に俺が言った時は、利が無いと断ったってのに、どういう真意だ?」


元親の言葉に、顔色を変える事なく元就は口を開いた。


「その通りの意味よ」
「あ?」
「貴様が今言ったであろう、我は利が無ければ同盟などせぬ」
「…一体、何の利だ」
「瀬戸海に舞い降りたとされる宝…その娘にこそ、利が有る」
「何…?」


侑果はその言葉に驚いて顔を上げると、元就の突き刺さるような視線が一度だけ交わる。だがそれは、直ぐに元親へと戻った。


「今、瀬戸海の制海権は我と貴様にある。ならば、瀬戸海の宝というその娘は、我にも等しく所有権があろう」
「しょ…!?テメェ、侑果を何だと思って…!」
「元親様、」


侑果が声を荒げる元親の腕を掴んで止めると、首だけ振り向いた元親はばつの悪そうな顔をして押し黙る。侑果は手を離して、元就へと向いた。


「あの、少しお話ししても宜しいでしょうか?」
「申せ」
「確かに私は瀬戸海に落ちています。ですが、宝なんて呼ばれるのも於古がましい程、私には何も出来ません。
戦う事も出来なければ、知略なんて以っての外で…だから何故、毛利様が私をこちらに置きたいと思うのか、全く分かりません」


冷たく突き刺さるような視線を受けながらも、視線を外す事なく言った侑果に、両脇の先頭に座る貞俊と元澄は少し目を見開く。
元就は僅かに目を細めた。


「言いたい事はそれだけか」
「…え?」
「娘、貴様は何か勘違いをしているのではないか。我は貴様の力を欲してはおらぬ。
我が欲したのは、貴様の存在のみぞ」
「私が毛利軍にいたとしても、何も変わりません!」
「ならば、先日の瀬戸海での戦、長曾我部方の異常な士気の高さをどう説明する。土佐の活気も、全て貴様の仕業であろう」
「ですから、私は何も…」
「何を言う。追い風は貴様に吹いておるのが分からぬと申すか」


追い風と聞いて、侑果はあの毛利本船での事を思い出す。
まさか、あれを言っているのだろうかと膝の上の拳を握った。


「違います、私は…!」
「ならば何だ、申してみよ」


侑果が感情のままに口を開き掛けた時、元親が腕を伸ばして制止する。
侑果は目を見開いて元親を見遣ったが、そこで元就が僅かに目を細めると元親を睨み据える。それにはっとして直ぐに閉口し、視線を落とした。
元親がゆっくり腕を下ろしたところで、元就は口を開く。


「貞俊、元澄を残して、後は下がれ」
「で、ですが、元就様!」
「もしや、何かあれば…!」


毛利の家臣達は口々に言うが、元就と元親は互いに睨み合うように視線を逸らさず、元就も口を開かない。
その時、静かに話を聞いていた信直がゆっくりと立ち上がる。家臣達は驚いたように、信直を見遣った。


「元就様がそうおっしゃるのですから、此処は下がりましょう。
それに、これから同盟を結ぶ長曾我部の方々を前に、"何かあれば"とは無礼千万。そうは思いませんか?」


信直は家臣達へにこりと微笑み、では、失礼しましたと元就達と元親達に一礼をして、広間を後にした。
それを見た家臣達は顔を見合わせ、いそいそと広間を後にする。
足音が聞こえなくなり、広間に静けさが戻った。


「娘、貴様が何を隠しているのか申せ」


侑果はちらりと元親を見遣ってから目を伏せる。一呼吸おいて、顔を上げて元就と目を合わせた。


「私はこの世界とは別の…約五百年後の、未来から来ました」





凍てついた掌

110702:執筆

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