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元親は少し身体を離すと、左目を覆う眼帯へゆっくり手を伸ばす。
その手は一度だけ躊躇していたが、そのまま上がって行き、後頭部に手を回して眼帯を外した。


「気持ち悪い、だろ?
俺が鬼たる所以の…穢れた目だ」


ぱさりと外れた眼帯から覗いたその左目を侑果は見つめる。
右目を僅かに揺らし、自嘲の混じったの声をする元親に、侑果はゆっくり口を開く。


「あなたは鬼じゃない」
「!」
「本当に元親様が鬼なら、私はきっとこうやって城にいることさえ無かった。
"頭の可笑しい変な女"と、斬られて海に捨てられたかもしれないでしょう?」


瞠目する元親に、侑果はゆるりと微笑む。きつく握っていた眼帯は床へ落ち、元親は侑果を抱き寄せた。しがみつくようなそれに、侑果も元親の背に腕を回す。


「それに、絡繰り好きの海好き船好きで、みんなに慕われてるような鬼ってどうなの?」


そう戯けるように言う侑果に、元親は漸く笑みを溢す。


「それもそうだな」


互いの呼吸だけが聞こえるような、静かな室内に入り込んだ温かな風が、二人を包み込むように吹いていった。




――――――


「あァ!?乗らねぇだと!?」


数日後の岡豊城、大手門前。
馬が十数頭も並ぶ中、元親の声が響き渡った。


「あのね、語弊があるから言っておくけども、"乗らない"んじゃなくて"乗れない"の。馬は好きなんだけど、どうも酔っちゃって…」


そう侑果はがっくり肩を落とすと、鞍を直した元親の馬が慰めるように顔を擦り寄せる。
その後ろで、渋い顔をして何度も頷く親泰と苦笑いを浮かべる儀重の二人を、元親は何か言いたげな表情でじとりと睨むように見ていたが、馬を撫でる侑果に矛先を変えた。


「そうならそうと早く言えよ。鞍付けちまっただろ」
「広くて良いでしょ。大体、なんで元親様と相乗りしなくちゃいけないの?もし乗れたとしても、これなら習った意味ないよね」
「っば、馬鹿野郎!まだ馬に馴れてねぇのに、いきなり遠乗りすんのは辛ぇだろうが!」
「…親兄、顔真っ赤にして言ったところで全く意味ねぇって」
「親泰!聞こえてんぞ!」


親泰は半ば白い目で呆れたように、へいへいと溜め息混じりに元親へ返す。
顔を赤らめたまま、また何か親泰に怒っている元親を他所に、馬を撫でている侑果へ親貞が近付く。


「ふた月か…兄上達は直ぐ帰って来るが、侑果殿が居ないとならば、また静かになりそうだ」
「大丈夫ですよ。あ、文書きますね。まだ習いたてなので、かなりおかしな事になってるかもしれませんけど」
「侑果の文となれば、皆が喜ぶだろう。待っているよ」
「あ、甲冑や羽織とか色々とありがとうございました」
「それを言うなら、私よりも兄上だな。
向こうはこちらとは勝手が違うだろうが、余り無理をせずにな」


はい!とにこりと笑うと、千を含めた侍女達が侑果をぐるりと囲む。


「うぅっ…また、侑果様と…離れてしまうなんて…!」
「皆さん、そんな泣かないで下さいよ!ふた月なんてあっという間ですから、ね?すぐ帰ってきますよ」
「ぐす…土佐は、岡豊城は、侑果様の帰る城でござりますれば…っ、お帰りをお待ちしております…!」


ぐすぐすと鼻を啜りながら泣く侍女達の言葉に、侑果は嬉しそうに頷いて顔を綻ばせる。
聞き慣れた声が掛かり、振り向けば、何か木箱を持った親益が立っていた。侑果が近付くと、親益は木箱を開けて差し出す。


「え、これ私に?」
「膝当て。よく転ぶだろ」
「うっ、否定出来ない…!」
「着けてやるから大人しくしてろよ」
「あんまりきつくしないでね?」


分かってると告げて親益はしゃがみ込み、手早く膝当てを侑果に着ける。
ちょうど着け終わったところで、行くぞと元親の声が掛かった。


「はーい!
ありがとう、弥九郎くん。しばらく留守にしちゃうけど、皆をよろしくね」
「ああ。ちゃんと足元見て歩けよ」


大丈夫だってば!と後ろ向きに笑って歩くと、何かに躓いてぐらりと身体が傾く―――が、それは直ぐに伸びて来た腕に受け止められる。侑果が顔を上げると、受け止めていたのは元親で、その表情は少し呆れており、溜め息が降った。


「ったく、言われた傍から…」
「…ごめんなさい」


元親は侑果を立たせると、馬へ跨がり、横に並んだ侑果を馬上から少し心配そうに見遣る。


「良いのか、本当に。疲れるだろ」
「疲れないよ。結構楽しいもん」
「…そうかよ」


少し不満そうな元親を見上げて微笑み、侑果は正面に向き直ると、ふわりと風を纏わせて振り返った。


「行ってきます!」





風は吹いて、

110630・121113

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