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「毛利に行く前に、お前に話しておきてぇ事があるんだが…俺の話に付き合っちゃくれねぇか?」
「うん」
「昔の話だ。俺がまだ幼少の…」


侑果はそれに一瞬目を丸くするも、回した腕を強めてもう一度頷く。
元親は思い出すように、静かに話し始めた。

――俺がまだ幼名、弥三郎と名乗ってた頃の話だ。
酷ぇ人見知りで、外で走り回って遊ぶよりも、部屋で歌詠みや書物を読む方が好きだった。
だが俺は長子で嫡男。跡継ぎになる俺がこんな体たらくじゃあ話にならねぇって、家臣共からは陰で"姫若子"と呼ばれ、疎まれていた。
その頃の長曾我部はまだ小さく、土佐一国すら手に入れられる程では無かった。そんな小せぇ豪族だったが、親交を持っていた国があった。
それが、中国安芸の毛利だ。
親父同士は仲が良かったみてぇで、よく互いの国を行き来していた。毛利の親父さんがうちに来る時は決まって、あいつを連れて来た。

「そなた…またへやにいたのか」
「……しょうじゅ…?」
「いくぞ、とうににちりんはのぼっておる」
「でも…」
「でもではない、いくぞ!」

多治比 松寿丸。
毛利家の次男、元就の幼名だ。
俺が部屋に居ると、きまって偉そうな態度でいつも無理矢理俺を外に連れ出そうとする奴だった。
あいつは俺と違って活発な奴で、それこそ外で走り回って遊ぶ事が多かった。屋敷だけじゃなく、本丸や山の麓の川に裏山、隠れて城下まで行って親父達に怒られた事もあった。
俺は、あいつと遊ぶのが好きだった。城の者からの目も気にしねぇで居られたし、嫡男という事も忘れて、そこら辺の何処にでも居るような童で居られた。
初めて出来た、友だった。
俺と正反対なあいつが、本当に羨ましかった。

「いいな、しょうじゅは」
「なにがだ?」
「しょうじゅはあかるいから」
「…それは、いまだけぞ」
「え?」
「しろにいても、あんしんなどできぬ。だれも、しんようなどできぬ…」
「しょうじゅ…?」

俺と遊んでた頃は、豪族と揉めていたらしい。それを薄々気付いてたんだろう。そっから離れて此処に来るってのは、息抜きになったのかもしれねぇな。

「それよりもそなただ、やさぶろう。いいかげんに、そのひだりめのほうたいをとれ」
「でも…」
「おにのめなんぞ、かくすひつようなどない」

俺の…左目は、産まれた時から色が少し違った。
周りからは鬼の目だと気味悪がられ、俺は前よりも更に部屋から出なくなった。
この左目さえ無ければ、と思った。
そうすれば、もう周りから何も言われなくなると、そう思った。
気付けば、俺は左目を斬っていた。
案の定、左目は視えなくなった。
床に臥せっていた時、ちょうどあいつが来た。いつもより多く巻かれた左目の包帯を見て、あいつは泣きそうな顔で怒った。

「…そなたはしれ者よ。なぜ、そのような事をした」
「左目が、大きらいなんだ。みんな鬼だって言う…だからなくなれば、もう言われない」
「鬼がなんだ…我が見た時、一度とて鬼だと申したか!そのようなことをせずともっ、我はそなたと遊んでやる!だれがなんと言おうと、っ遊んでやる…!」
「松寿…」
「…まこと、っそなたほどの、馬鹿はおらぬ…っく」
「っ松寿、ごめん…」

二人で大泣きしてからも、あいつとは以前と変わらず遊んだ。
その内、毛利との親交がぱったりと無くなった。
俺が元服してから聞いた話だが、親父さんは酒毒で亡くなり、家臣に城を乗っ取られ、親父さんの側室があいつを引き取って育てたって話だ。
そしてそれから数年経って、俺は家督を継ぎ、四国を統一の合間。
向かいの中国から軍を率いてきた奴が居た。
それが、毛利元就……あいつだった。
数年振りにあったあいつは、まるで別人のようだった。

「お前、本当に松寿丸か…?」
「…貴様があの弥三郎だと?」
「そうだ、俺だ!もう戦は止めだ、久しぶりに飲もうじゃねぇか!」
「何を申しておる。忘れたか、我と貴様は敵ぞ。いつまでも過去に囚われるでないわ」
「な…おい待て、元就!」
「貴様と馴れ合いをするつもりなどない。
それに、過去などとうに捨てた」

変わっちまったあいつが信じられなくて、俺は直ぐに同盟を申し入れたが、全く取り合ってはくれなかった。
兵を駒扱いし、非道な策略をする、あいつのやり方が俺には理解出来なかった。





ふたりの英雄

110629・120621

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