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そういうことか、と侑果は妙に冷静に受け止めた。
"生きた盟約"――即ち、人質である。
だが侑果には、自分が人質となるような理由が見出だせなかった。
侑果は婆裟羅者であるが、それは親貞達もそうであるし、まだまだ未熟な力は脅威となるようには思えない。それに正室といえない自分を何故人質とするのか、侑果には全く分からなかったのである。
困惑する侑果に向かい合うように、元親は腰を下ろす。


「同盟は、国同士が対等でなければならねぇ。その為の条件が、宝を互いに有する事だ」
「宝?何の?」
「"瀬戸海に舞い降りた宝"―――侑果、お前だ」


その元親の言葉を聞いて、侑果は信じられないといった表情で元親を見つめる。


「そ、んな…たまたま瀬戸海に落ちただけなのに?」
「人が落ちて来るなんざ、そうある事じゃねぇだろ。まあ尾鰭がついちまっただけだろうがな」
「それにしたって…なんで皆してひとのことを物扱いにするの?しかも勝手に条件にされた、り……?」


何かに気付いたように、いきなり言葉を切った侑果を、元親は怪訝そうに見つめる。


「ちょっと待って。
公平に有するってことは、毛利にずっといる訳じゃないの?」
「ああ。お前は三月毎に、此処と毛利を行き来する羽目になる」


それに侑果は、きょとんとした表情をして、瞬きを繰り返す。


「……それだけ?」
「は?」
「それだけでいいの?それで同盟が成立するの?」
「それだけ、って…お前な、ンな軽々しい事じゃあ…」
「いいよ。私、行くよ」
「……何…?」


そう告げた侑果を見て、元親は眉を顰める。


「盟約ならば、そうそう手酷い扱いは受けないと思う。それに互いに利害が一致しているから、毛利だって簡単に破棄したくないだろうし、ここに帰って来れるのなら、私はそれで「ふざけんな!!」


怒声と共に強く掴まれた両肩は痛かったが、それでも侑果は表情を変えずに、元親を見つめ返す。


「お前が思ってるよりも毛利は悪どい野郎だ。盟約だろうが、毛利に居る以上は、お前も野郎の捨て駒も同然になる。武もねぇお前が行ったところで、一体どんな扱いを受けるか分からねぇんだぞ!」
「分かってる」
「分かってねぇ!」
「分かってる」
「分かってねぇよ!!」


声を荒げた元親は、哀しげに目を伏せて深く息を吐くと、侑果の肩口に額を乗せる。


「…何も、分かっちゃいねぇ。
お前は…こんな戦に塗れた世なんざ、知らなくていい。
知る必要なんかねぇんだ…!」


元親は、戦を全く知らない世から来た、ただ一人の非力な娘――侑果を自分達の私情によって、この戦乱の渦に巻き込ませたくなかった。
ただ此処で過ごす安穏な中で、いつものように笑っていてくれればそれでいい、とそう思っていた。
元親のその切なる声を聞きながら、侑果は腕を回して背にそっと触れる。元親の気持ちが何よりも嬉しかったが、それに甘える気はさらさら無かった。
そして、未だはっきりと掴めなかった、ひとつの思いが侑果の中で明確になる。侑果は元親の肩に額を寄せ、ゆっくり目を閉じて口を開く。


「ごめんなさい、元親様。私も生半可な覚悟じゃない。この乱世を生きるって決めたの」


元親の身体が微かに揺れた事に気付かぬ振りをして、侑果は続ける。


「大丈夫。ちゃんとここに帰って来るから、だから…私のことよりも、この国の皆を思って」


それに元親は悲しげに眉を寄せて、目を閉じる。
天秤に掛けたつもりはない。
そう成らざる負えない事を元親は分かっていたが、これは一種の賭けだった。聡い侑果が、どういう返事をするかなど分かっていたが、そこに僅かな望みを賭けた。もしかしたら、他に方法があるかもしれないとさえ思って。
それでも結局は侑果の口から言わせてしまう、己の狡さと弱さを悔やまずにいられなかった。
最初から、他に道など無かったのだ。


「そう言うのは最初っから分かってた…どんなに止めたところで、お前は行くって聞かねぇ事くらい」
「私も私なりに守りたいんだよ。
元親様が思うように、私にとってもこの国と皆は大切で、かけがえのない宝物だから」


長曾我部の御家の為だなんだと大それた事は思わない。周りにある温かい笑顔を壊したくない、侑果にはただそれだけだった。





ひとりの宝

110629・120621

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