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会談から二日が経った。
元親は未だ、人払いをさせて自室に篭っている。
時折、親貞や孝頼が行き来するだけである。普段なら賑やかな城内も静かになっていた。
国交間の問題だけではない事に侑果も薄々分かってはいたが、会談で何があったのか――それを親貞達に聞いてみるも、皆一様に答えられないと言われてしまう。話をしたくても、静まり返る薄暗いその自室は、まるで拒絶しているかように思えた。
御膳は千が持って行くが、返って来た御膳はほんの少ししか手がつけられていない。侑果にはその冷えた御膳が、ただ無性に悲しかった。
どうしたらいいのか、それさえも侑果は分からずにいた。


「…なんで俺んとこに来るんだよ」
「みんな忙しそうだし、まだ昼餉の手伝いくらいしかさせてくれないし、お茶を運ぶ必要もないし、暇だし」
「俺だって忙しいだろうが」
「口笛吹きながら、大砲眺めてただけじゃないの」
「うっせぇな、それが俺の仕事なんだよ!」


要塞、富嶽まで歩いてきた侑果はたまたま作業中の親益を見つけて、今に至る。
親益はそう一通り声を荒げると、浮かない表情をしている侑果の横顔をちらりと見遣り、はあ…と深く溜め息をつく。大砲の前に屈むと、手に持っていた工具箱を開き、何やら工具を取り出して大砲を弄り始めた。


「親の兄貴も色々考えてんだろ。察しろよ」
「そうなんだけど、お千さんに昔の事も少し聞いたから…」


櫓に寄り掛かって目を伏せる侑果の髪を、生暖かい潮風が揺らしていく。火薬の匂いが鼻を擽って、侑果は先日の調練をぼんやりと思い出していた。


「俺もガキだったし、そんな昔の事なんて分かんねぇけど、」


がちゃがちゃと音を立てながら、親益は手を止める事無く、そのまま言葉を続ける。


「親父達は仲良かったし、よく行き来してたみてぇだな。親の兄貴と毛利も同い年で仲は良かったらしいぜ」
「幼馴染み、ってこと?」
「あーまあそうなんな」


そう言って、親益は作業していた手を不意に止めた。それに侑果は視線を向ける。


「本当は……親の兄貴は、毛利とやり合いたくねぇんじゃねぇかって思う」
「…え?」
「毛利との戦はいつもああなんだよ。毎度毎度、一人勝手に敵本陣へ先陣きってくくせに、勝って帰って来たって、ちっとも嬉しそうじゃねぇんだ。
瀬戸海の覇権も大事だけど、親の兄貴はそれだけの理由で戦ってんじゃねぇと…俺は思う」


親益の静かな声色に、侑果は千の言葉を思い出した。


「元親様は親交と結ぼうとなさいましたが、残念ながら…」

「…私もそんな気がする」


ただ、止めたいだけなのかもしれない、と侑果はそう思わずにいられなかった。
そうしていると、可之助がこちらへ走って来るのに気付いて、二人は見遣る。


「アネゴー!アニキが呼んでやすぜー!」
「……え、」
「早く行けよ。それに仕事の邪魔だ」


少しばかり戸惑う侑果を横目に、親益は大砲に向き直り、ぶっきらぼうな物言いをする。侑果は目を瞬いて見つめていたが、ふふと笑みを溢す。それに、親益が眉を顰めて睨むように見遣るも、大して気にする事無く侑果は微笑む。


「ありがとう、弥九郎くん……うん、行ってくる」
「…さっさと行け。あと、うるせぇから転ぶな」


侑果へ視線を向けず、しっしっと追い払うような手振りをした親益に、侑果は分かってるーと笑って駆けて行く。
その姿が見えなくなったところで、親益は工具を戻して立ち上がる。そこにはもう姿はなかったが、その先の岡豊山を見つめた。


「ったく…そんな柔じゃねぇ事くらい、親の兄貴だって知ってんだろうに。馬鹿じゃねぇの」





――――――


侑果が久しぶりに踏み入れた元親の自室は、いつもより薄暗くひんやりとしていた。
立って庭を眺めているその背中に、あの時と同じだと侑果は視線を逸らせば、前方に置いてある机が映る。そこには、渇ききった筆と硯、くしゃくしゃになった書状があった。


「毛利からの遣いの話は聞いてるか」
「……何も」


そう目を伏せた侑果に視線を向ける事もなく、そうか…と元親は一息置いて呟けば、生温い風が部屋を吹き抜けていった。


「まあ簡単な話、同盟ってやつだ」


元親の言葉に、侑果は伏せていた目を見開き、その背中を見遣る。


「今までこっちが言っても蹴って来たってのに、あっちから言って来やがるもんだから何かと思えば、とんでもねぇ条件を付けてきやがった」
「どんな、条件なの…?」


動揺を見せないように言った侑果の声は、やはり小さくなっていたが、静かな部屋には十分響き渡った。


「…お前を、」


そう言い淀みながら、苦しむような悲痛な表情を浮かべて、漸く元親は振り向く。


「お前を生きた盟約にする事だ」




大き過ぎる代償

110628:執筆

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