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侑果は温かい白い握り飯をぼんやりと握る。
今、広間の方では、元親と家臣団が毛利からの遣いである貞俊と会談を行っていた。
先日に戦をし、兵達の傷も漸く癒えた頃である。
もしかしたら、対豊臣についての事かもしれないと侑果が考えていたところで、侍女達が心配そうにこちらを見ている事に気付く。侑果が握っていた握り飯は、いびつな形になっていた。


「侑果様、そう心配せずとも大丈夫ですよ」


隣に居た千が、侑果の持っていた不格好な握り飯を取り、握り直して三角に形を整えていく。


「今は敵対しておりますが、昔は友好関係にあったのです」
「毛利とですか…?」
「ええ。兄上…先代の国親様の時、この四国を制定するに当たって毛利からの援護を受けており、互いに支援し合い、とても親交がございました」
「じゃあ何故、今は敵対しているんですか?」


千は綺麗な三角の形に直された握り飯を大皿を乗せると、塩水で手を濡らした。


「毛利は今と違い、昔はそれほど大きな御家ではなく、領土はほんの一握り程度しかございませんでした。
自国の為にも領土を広げる為にも、近隣の台頭につかざる負えなくなったのですが、その台頭は我ら長曾我部の敵国と親交があり、毛利とは敵国となりました」
「でも、もう毛利は中国の地を統治しているじゃないですか。ならば、敵となる必要は…」
「そうはいかぬのが、この戦乱の世でございまする。
中国を統治すれば、この四国を挟んだ瀬戸海の覇権を争いましょう。こちらとて、瀬戸海を失う訳には参りませぬ」


そう簡単にはいかない事は百も承知だったが、侑果の理解の範疇を越えた関係があった。
確かに親交があったとはいえ、互いに大きな存在である瀬戸海を奪われてしまえば、その打撃は計り知れないものになるだろう。
かつての友も、今は敵。
戦乱の世では極々当たり前の事であった。


「もう一度、親交を結ぶ事は叶わないのでしょうか…」


侑果の切な言葉に、千は少し哀しそうに瞳を細める。
そして千は、開けていた引き戸から見える、遥か遠くに聳える山々を映しながらぽつりと呟く。


「一度だけ……元親様は親交と結ぼうとなさいましたが、残念ながら…」


千は哀しみを帯びた瞳を伏せ、ゆるゆると首を横に振ってみせた。
例え無謀だと分かっていても、侑果は僅かな望みを抱かずには居られなかった。




――その大広間。
ずらりと家臣達が並ぶ中、上座に座る元親に、貞俊が向かい合って座っている。
長い書状を目で追っていた元親は、貞俊をちらりと見遣った。


「…嘘じゃねぇだろうな?」
「元就様の直筆にございます」
「そういう事じゃねぇ。前に俺が言った時は蹴った癖に、今更………!?」


元親は読み進めていた、ある一文に瞠目する。


「どうか致しましたか?」
「っおい、これ…」


ああ、御覧になりましたかと貞俊は告げ、元親の様子を見つめて目を細める。


「そちらからすれば、とても酷な御話でございましょう。
私も如何なものかと思いましたが…お互い、対等な立場である為には、"それ"を公平に持つ事が必要なのです」


そう告げた貞俊を見て、まさか…と親貞が思ったが、元親は持っていた書状を親貞に押し付け、そのまま立ち上がり、障子へ向かって歩いていく。元親の様子に、親貞と親泰が慌てて呼ぶと、障子の前で元親の足が止まった。


「……少し、考えさせてくれ」


そう静かに告げて、元親は広間を後にする。
元親が自室へ向かって歩いていると、背後から声が掛かった。


「あれ、もう会談は終わったの?」


侑果が声を掛けるも、元親はその場に足を止めただけで、一向に振り向く気配がない。


「元親、様…?」


侑果はそれを怪訝に思い、目の前のその腕に手を伸ばしかけたところで、元親が顔を少しだけ後ろへ向ける。
表情は眼帯に隠されていて、侑果からは見えない。


「…悪い、暫く一人にしてくれ」


そう告げた元親の様子に、会談で何かあったのだろうと侑果は直ぐに気付いたが、喉の奥に詰まったように言葉が出て来ず、まるで足に根が生えたように動けない。去って行くその姿を、侑果はただ見送る。
掴み損ねた手は、ゆっくりと重力に従って力無く下りていった。





荒く波立つ水面

110621:執筆

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