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「この度は、誠にお世話になりました」


朝方の大手門前。
着流し姿の元親と袴姿の侑果に、まつは深々と頭を下げる。まつに習って、利家と慶次も同じように頭を下げた。


「顔を上げてくれ。こっちも助かった事だしよ」
「まつ様の看護のお陰で皆が元気になりましたし、お料理まで教えて下さって、もうなんと言えばいいのか…」
「何をおっしゃいますか。まつめで宜しければ、いつでも教えてさし上げまする!」
「よし!今度は長曾我部殿と侑果殿が加賀に来てくれ。歓迎するぞ!」
「おっ、利もたまには良い事言うね!」
「まあ犬千代様、それは良いお話にございまする!
是非、加賀へお越し下さりませ」
「そういや、加賀には行った事はなかったな…今度、邪魔させてもらうぜ」
「はい、是非とも参ります!」


利家とまつの二人に元親と侑果は笑顔を返すと、二人は馬に取り付けた荷の方へ向かう。すると、慶次が侑果に向き直った。


「この前のあれ、ありがとな」
「え?ああ、いいよそんな。気にしないで」


慶次の言った事が、先日の櫓の事だと分かり、侑果は微笑む。それに慶次は微笑み返し、何か思い出したような表情をすると、元親と侑果を見遣る。


「あ、そうそう!加賀もいいけど、京なら二人でゆっくり見て回れるからお勧めだよ」
「なにそのデートスポットみたいな言い方…なんでもすぐに恋愛事に持ち込まないの!」
「だって、その頃には恋仲になってるかもしれないだろ?」
「「っな…!」」


顔を赤らめた二人を交互に見遣って、慶次はにこにこと笑う。
荷の準備を終えたようで、まつの慶次を呼ぶ声が聞こえた。


「はーい!
まっそういう事でさ、また来るよ」
「おう、たまには文でも送って来いよ」
「なんかどっかで同じような事言われた気がするけど…じゃあ、元気でな。元親も頑張れよ!」
「もう何の事かは聞かねぇぞ」


へへっと笑って慶次は元親の肩をぽんぽんと叩き、侑果を見て手を挙げると、肩に乗った夢吉も同じように手を挙げる。
慶次が馬に乗り、馬に乗って先導する親泰と親益と、三人を乗せた三頭の馬が大手門から出ていく。三人の後ろに着いた兵達の合わせて数十人は、すぐに見えなくなった。
手を振って見送った侑果は、ゆっくり手を下ろした。


「あーあ、帰っちゃったなあ…」
「ンな顔すんなよ、また会えるさ。ほら、戻んぞ」


侑果の頭をぽんぽんと撫でて、元親は踵を返して歩き始める。
はーいと返事をして、侑果はもう見えなくなった道の先を見つめてから、先に歩いている元親の隣へ走り寄った。


「そういやよ、毛利んとこから船に戻る時、怒るのは後でいくらでも聞くっつったよな?」
「…………い、言ってない。言ってないよ、そんなこと」
「いや、言ったな…こら待て、逃げんな!」
「うぎゃあ!ちょっ、もう終わった事じゃん!過ぎ去った事じゃん!」
「お前はどうしてそう、直ぐ無茶をしやがるんだか…」
「ひとを抱えて船へ乗り移る方がよっぽど無茶やってると思うよ」


少し前を歩いていた儀重は、背後で何やら騒いでいる元親と侑果へ振り返って微笑む。だが、二人を通り越した先の、大手門に立っている人影に目を瞠った。


「も、元親様!」


儀重の焦ったような声に、元親と侑果はそちらを見遣る。


「あ?どうした、隼人………!」


脇差しを掴んでいる儀重の様子を怪訝に思った元親は、その視線を辿るように後ろを振り返る。
元親は急に足を止めて、大手門へ向き直ると、同じく足を止めていた侑果を背後に隠した。


「元親様…?」


儀重がこちらへ向かって来るのを見て、侑果は元親の背中から大手門の方へ顔を覗かせる。
そこには、深緑色の装束を纏った男が馬の綱を引いて立っている。
ぴりっとした空気を感じ、もしかして、と侑果は思った。


「お久しゅうございます、長曾我部殿」


殺気が漂っている中でも微笑む男に、元親は隻眼を更に鋭くして睨み据える。


「何の用だ」
「その様な顔せずとも、こちらに敵意はございませぬ」
「…どういう事だ」


一層鋭くした元親の眼光に怯む事なく涼しい顔をした男は、顔を覗かせる侑果を一瞥すると、元親へ向き直った。


「福原貞俊――…我が主、毛利元就様の遣いで参りました」





波紋を呼ぶ、ひと雫

110620:執筆

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