39

親貞に頼まれて用を終えた帰り。
物見櫓で何やら物思いに耽っている様子の慶次が見えた。あとは屋敷に帰るだけで、帰ったところで特にする事がない侑果は、櫓の梯子へ足を掛けた。


「こんなとこでどうしたの?」


櫓からぼんやり町を見下ろしていたその背へ声を掛ければ、慶次は僅かに肩を揺らして少し目を丸くした。


「びっくりしたー…侑果か。どうしたんだい、こんなとこで」
「…それは私の台詞なんですけど。てっきり屋敷に居るもんだと思ってたよ」
「さっき親泰と手合わせしてたんだ。侑果は手伝いかい?」
「うん。親貞さんに頼まれて、元親様に言伝と昼餉の手伝いをしにね」
「あー今日は元親が調練してるんだっけ。通りで皆気合い入ってると思ったよ」
「いつも工廠ばっかりだからね。さっき見た時は鉄砲隊の調練してたけど、元親様が鉄砲を扱えるのにはびっくりしたなあ…」


そう言って侑果は、慶次の隣で手摺りに腕を組んで乗せ、同じように城下街を見下ろす。市が立ち並ぶ通りは、ここから見えるほど人が密集している。
眺めていると、何処からか威勢のいい掛け声が聞こえてきた。


「侑果はさ、俺の…昔の事は知ってるんだよな?」


城下街を眺める視線はそのままで、慶次が静かに訊ねる。侑果はちらりと窺うも、その表情を読み取る事は出来なかった。


「…まあ、少しだけね」
「この前の戦も、やっぱり半兵衛が糸を引いていたんだな」


ぽつりと零した慶次の無表情に近いそれは、うっすら影を纏っている様だった。
侑果はゆるりと視線を城下街へと移す。
穏やかな風が吹く。木々がさわさわと音を立てて葉を揺らしていた。


「なんでだろうな…皆が目指すものは同じ筈なのに、その思想は同じじゃない」
「きっと、守りたいものが皆それぞれ違うからじゃないかな」
「守りたいもの…?」


慶次が侑果を見遣ると、侑果は視線を合わせて頷く。


「自国の民や領土だけじゃなくて、御家だったり信念だったり自分を支えてくれる者達だったり、皆違うでしょ?
それを理解し合うのってすごく難しい事だと思う。その人にしか分からない思いだったり、何かがあるだろうから」


慶次がその"何か"に連想されたものは、かつて友人であった彼の言葉だった。
愛を弱さと言った彼は、慶次には分からない心情があったのかもしれない。そして、それを理解出来ない――理解したくないという慶次にも、慶次自身しか分からない心情がそこにはある。
侑果は伏せていた双眸を上げて、遥か先の山々をしっかりと見つめる。


「皆それぞれ、大切なものを命懸けで必死に守ってるんだよ」


侑果の横顔を見つめてから、慶次は櫓の手摺りへ視線を落とした。
慶次、と侑果が呼ぶ。


「大切なものを忘れちゃ駄目だよ。慶次は忘れないでいてあげるべきだもの。
例えどんなに辛くても、向き合おうとすることはきっと無駄にならないよ」


そう微笑む侑果が、一瞬だけあの思い出の"彼女"と重なって見え、慶次は僅かに目を見開く。
その時、下から声が掛かった。


「侑果ー!親兄が呼んでんぞー!」
「はーい、今行くー!
ほらそんな顔してたら、まつ様に言い付けるよ?」
「うっ、それだけは…!」


慌てた様子の慶次に侑果は一笑いして、手摺りから身体を離す。視線は城下を映したまま、侑果は口を開いた。


「大丈夫、慶次なら乗り越えられるよ」


侑果を見遣った慶次に、視線を合わせて侑果はにこりと笑い、じゃあ行くねと梯子へ向かって行く。下で待っていた親泰と共に去って行ったのを見送ると、懐から寝ぼけ眼をした夢吉が顔を覗かせた。


「無駄にはならない、か……少しだけ、楽になれた気がするよ」





ひとひらの想い

110620:執筆

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