36

背中を押してくれるかのような追い風の中、瀬戸海の二大勢力である両軍の船団がずらりと並んでいる。
その船団の後方では、双方の本陣である本船が並んでいた。
長曾我部軍本船、船首楼に立つ元親と侑果は先を見据えており、同じく毛利軍本船の甲板に立つ元就達も先を見据えている。
風音と、はためく旗や帆の音しか聞こえない、静かな緊迫した空気が流れていた。
その時、遥か先に大きな船影が、ぼんやりと近付いてくる。
五七桐の旗を靡かせながら、豊臣軍の大船団がゆっくりと近づく。
鉄甲に覆われた、一際大きな戦艦が全貌を露わにした。


「やっと、大猿のお出座しか」


元親が静かに呟く。
両軍が対峙すると、巨大戦艦の甲板から微かに人影が見えた。
豊臣軍大将、豊臣秀吉と豊臣軍軍師、竹中半兵衛である。


「長曾我部軍、毛利軍の全兵に告ぐ!
直ちに豊臣に降伏したまえ!」


高らかなその声が潮風に乗って、辺りに響き渡った。
侑果がそれに眉を寄せていると、じゃらじゃらという音とがちゃっという音が同時に聞こえて、そちらへと顔を向ける。元親は碇槍を担いで二、三歩ほど進み出ていて、その奥に見える元就も同じように輪刀を手に進み出ていた。


「ンの大猿が…お山の大将気取りか。俺の庭で好き勝手させてたまるかってんだよ!」
「貴様の浅はかな策など、手に取るように分かるわ。豊臣、この瀬戸海で散るがいい!」

「「撃てー!」」


二人の号令に、前方にいる船団と本船の大砲が次々と火を噴く。戦艦を囲む船団へ砲弾が落とされ、木製の関船からは火の手が上がった。
この攻撃で、宣戦布告と受け取った豊臣からも砲撃が開始される。砲撃をものともしない戦艦の巨大な大砲が火を噴いた。
一際大きな発砲音を轟かせて、直撃した毛利方と長曾我部方の関船が十隻ほど大破する。その威力に、辺りはざわりと動揺が広まった。


「狼狽えるんじゃねえ!」


がしゃんと槍を床に叩きつけて俯く元親の一喝に、兵達からは息を呑む音が聞こえた。
その時――その槍を持つ手がきつく、強く握ったのを侑果は見逃さなかった。
大破して沈んでいく船に瞼を閉じる。それは、黙祷のようにも見えた。
元親はゆっくりと目を開き、戦艦の巨大な大砲を睨んだ。


「図体だけは立派な成りだが、大した事ァねぇ。
あれだけ馬鹿デケェ大砲なら、射程距離が近けりゃ近ぇほど不利になる。しかもありゃあ、可動式って訳じゃなさそうだな。船ごと動かさなけりゃ、照準すらままならねぇときたもんだぜ」


じゃらりと鎖が音を立て、槍が引っこ抜かれる。
難しい顔をして元親を見ていた可之助は、何か解ったように声を上げた。


「最高速度っすね、アニキ!」
「おうよ!
行くぜ、野郎共!最高速度で射程範囲よりも近付け!固まるなよ、四散して進め!」
「「「うおおおおおー!」」」


長曾我部方から野太い歓声が上がり、四散した船団がぐんぐんと豊臣軍の船団へ近付いて行く。
長曾我部軍本船が速度を上げて進んで行く様を、横目で見つめている元就に元澄が声を掛ける。


「元就様、どうなさいますか」
「フン。日夜、玩具を作っているだけの事はある。
怯むな、恐れなど抱くでない!部隊ごとに分散して進め!」


そう呟いたかと思うと、元就は正面へ向いて指示を下す。そして、元澄へと見遣った。


「元澄、合図を出せ」
「はっ」


毛利方も中央から逸れ、三艘ずつに散らばって進んで行く。
そして毛利軍本船からは狼煙が上がり、島影に潜んでいた貞俊率いる約五千の別働隊――安宅船一隻と帆掛け船を五隻、数十艘の関船を引き連れて、姿を現す。
一方の長曾我部方からも同時に、島影から本船より一回り小さい帆船、更に二回り小さい帆掛け船を四隻と関船を十数艘を引き連れて姿を現した。
その約二千を率いるは、親貞である。


「あ、親貞さん!」
「来たか…野郎共、ぶっ放せ!」


それに、戦艦の巨大な大砲からの砲撃は一旦止み、通常の大砲からの砲撃に切り替わった。
四散した船団により、海に着弾して水柱が上がる中。豊臣方の船団から悲鳴が上がって、幾つかの船が突然沈み始めた。


「なんでいきなり…」
「潮の流れだな」
「え、どういうこと?」
「この瀬戸海はな、風の吹き加減や潮の満ち引きで急に流れが変わっちまう。だから、突然渦が出来たりして舵がきかなくなる。それで、あの様よ」
「ちょっと、それって大丈夫なの…?」
「ああ、ここいらの船乗りは知ってて当然だな」
「そっか。それなら、い…んだ、けど……」


急に、侑果の身体がぐらりと傾く。


「っ、侑果!」
「ユウカ、ユウカ!」
「アネゴ!?」
「「「アネゴおおおー!」」」


何かに受け止められるような感覚と、遥か遠くで呼ぶ沢山の声が聞こえる中、侑果は意識を手放す。
それを少し離れた所から、涼しげな双眸が見つめていた。




――――――


「これでは歩が悪い…済まない、秀吉。今回は退こう」
「うむ…半兵衛、無理はするな」


秀吉が船内へ戻っていくのを見送り、半兵衛は早急に撤退の指示を出す。それからまた敵船団へ向き直って、長い溜息を吐いた。


「今回は計算外だったよ。
横槍のつもりが、まさか彼等が同盟を組んでいたとはね…」


いや、同盟だろうかと半兵衛は挟撃してきた両軍の船団を見遣る。
毛利は奇襲だろう。だが、長曾我部は毛利より兵が少ないものの、士気が異常に高かった。
仮面の隙間から見える双眸が、一瞬だけ鋭さを持つ。


「どうやら、あの噂は本当という事か」





瀬戸内海、大激戦

110310:執筆

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